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小夜が一生使わないであろう絵文字にスタンプ。一度それを言えば、羊は「だってかわいーじゃーん」と笑っていた。
小夜は画面を開いたまま、そっと目を閉じる。
そのままいつの間にか眠ってしまっていた。
瞼の裏でも、つけっぱなしにしていた電気が眩しくて目を覚ました。薄らと目を開けて手に持ったままのスマホで時間を確認する。
23時半。通知はなし。電気を消そうと寝返りを打った先で、ベッドに寄りかかる背中を見つけて「うわ」と声を上げた。
「あ、起きた。おはよー。まだ夜だけど」
小夜の声に上半身ごと振り返った人物は、呑気な声で言う。
「真昼ちゃんが上げてくれた」
「いつからいたんだよ」
「少し前。補導されかけたからさすがに解散したあ」
「一回署までご同行されればいい」
「俺が補導されたら呼ばれるのは小夜だけど大丈夫そ?」
未だ制服姿の羊は、垂れ目がちな目尻を笑顔でさらに人懐っこくさせる。
もとから色素の薄い羊は、高校に入学する時にも頭髪検査に引っかからないために地毛証明書を出しているほどだ。
そのくせ右耳に2つ、左耳に1つピアスをつけているせいで、結局、毎回、教師にお叱りを受けている。
「これ、小夜に渡そうと思って」
羊の言葉が終わるや否や、小夜の目の前に「ニャー」とそれが現れた。いや、「ニャー」と鳴いてみせたのは後ろにいる羊だけれど。
羊がくれたのは、例のUFOキャッチャーのぬいぐるみだった。
思わず小夜はふわふわのそれを受け取りながらも「いいの?」と羊に訊く。
羊はにっこりと、左頬にだけ笑窪を作る笑顔を見せて、「ニャー」と鳴いた。
「いやこいつ狼だから」
「えっ、どう見ても猫じゃん」
狼か猫かも判別がつかないぬいぐるみを、わざわざ小夜のために取ってきたらしい。
思わず小夜が笑えば、羊も「そんな笑う?」と言いながら釣られて笑っている。
ぬいぐるみを抱きしめて寝転がる小夜と向かい合う形で、羊はベッドサイドに両腕を乗せてその上に頭を乗せる。
一見すると外国の血が混ざっている風の羊だけれど、両親はどちらも日本人らしい。
らしい、と言うのは、小夜は羊の父親を見たことがないからだ。
よく見ると琥珀色をしている羊の双眸は、今は眠たげに瞼がわずかに覆い被さっている。
小夜は同じ目の色をした狼を見ながら、ふと生じた問いを投げる。
「でもお前、UFOキャッチャーとか苦手じゃなかったっけ?」
「うん? ああ、うん。だから近くでUFOキャッチャーめっちゃ上手いお姉さんいたから声かけて取ってもらった」
「……へー」
「ゲーマーの小夜もUFOキャッチャーは俺と一緒で下手だもんねー」
この狼を取るために仲睦まじくゲーセンでウフフキャハハしている羊と女性を想像して、小夜は放課後の苛立ちの導火線に再び火がついてしまった。
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