ネクタイで馬乗りな服装検査

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幼稚園の年中さんになった小夜の人生は、毎日が平和そのものだった。 健康優良児そのもので生まれ、アレルギーも何もなく、両親(特に父)からは溺愛され、今でこそ罵ってくる姉もお人形のように自分を可愛がってくれる。 可愛い可愛い、と毎日のように甘やかされ、幼稚園のお遊戯会では白雪姫に抜擢された。 また、当時の小夜は白雪姫であることに疑問を抱かないタイプだった。 「おっ、今日は蕎麦?」 「隣に越してきた芥川さんから戴いたのよ」 両親の会話が後ろから聞こえる。だが、今の小夜にとってはBGMにすらなり得ない。 目の前の画面の向こうで、アンパンマンがバイキンマンに向かって、パンチを繰り出す瞬間なのだ。 ハ行をリズミカルに叫びながらバイキンマンが遠くへ飛んでいく。一件落着。 「きょうもアンパンマン勝った……!」 この世界には善人しかいない、と小夜は信じきっていた。 なぜなら悪いことをするとアンパンマンにやっつけられてしまうから。だから小夜の周りはみんな、もれなく、全て、完全に、良い人。 幸福な環境ですくすくと育った小夜は、素晴らしくピュアな子どもだったのだ。 「それでね、芥川さん家にも小夜と同い年の子がいて、もう、ほんっとうに綺麗な子だったのよ。真昼ちゃん。小夜ちゃん。ご飯できたよ」 隣でなぞなぞの本を熟読していた真昼に連れられ、席に着く。 いつものアンパンマンのコップがないことに気がつき、母に言う。 「小夜ちゃんアンパンマンのコップがいい」 「あらごめんね。ねえ、小夜ちゃん。隣のお家にお友だちが来たから、仲良くしてね」 アップルジュースの入ったアンパンマンのコップを受け取りながら、小夜は「うん」と元気に頷いて言う。 「小夜ちゃんのたらこ(、、、)ぼうろあげたら嬉しいかな」 「たまごボーロだよ」 家族全員が訂正しながら、笑う。小夜は自分が笑われていることよりも、家族が笑っていることが嬉しくて笑う。 この世に生まれて4年が、小夜の人生における全盛期でありピークであり、そして、悪魔との出逢いになるのだった。
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