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それから「カタツムリー」なんて言いながら、スマホで写真を撮った。なんだろう。
こういうところは幼馴染を感じてしまう。すごく残念なことに。
はあ、と盛大なため息を落とす小夜に向かって、羊はあっけらかんとした声で続けた。
「でもそんなクソ野郎な俺が、小夜はなんだかんだ好きなんだよね?」
家が隣の幼馴染。
向こうは面も良ければ愛想も良い陽キャで、こちらは根も暗ければ愛想も悪い陰キャ。
夜中に家に押しかけてくるけど、友達とのカラオケには誘いたくない。
そのくせ知らない女を引っ掛けてぬいぐるみを取ってくる。意味がわからない。
小夜がどれだけぐるぐる考えても、目の前の男の思考なんてきっと到底理解することはできないだろう。
それはきっと小夜だけじゃない。
芥川羊の本心を知っている奴なんていない。
「もう寝る」
小夜は諦めた。布団を被って、寝返りを打つ。背後で羊が立ち上がる気配がしたが、ぬいぐるみを抱きしめたまま振り返らなかった。
「寝る子は育つって言うもんね」
「嫌味かクソ野郎。部屋出る時電気消しといて」
「はーい」
夜中なのに朝みたいに爽やかで明るい返事にさえ苛立つ。
「んーー」と喉奥で鳴るような声と共に、ボキッと骨が鳴る。羊が背伸びでもしたのだろう。
──本当は、いつからこの部屋にいたのだろうか。
ふとそんなことを思った。
起こすなり、明日来るなり、ぬいぐるみだけ置いて帰るなり、やりようはいくらでもあったはずなのに。
そう思うと、途端に小夜は自分の子供じみた感情が罪悪感でいっぱいになってくる。
「んじゃ俺帰るね」
抱きしめたぬいぐるみだけが暖かい。
「羊」
小夜は羊に背中を向けて、布団を被ったまま、後ろのいる幼馴染の名前を呼ぶ。
「……その、ロッキーありがとう」
いつだって大事な感情を伝える時は早口になってしまう。
大事だから、気恥ずかしさばかりが勝って、ぶっきらぼうで心にもないような口ぶりになってしまう。
だけど、言わないよりは言ったほうがきっといい。
小夜の今日1日で、最も大きなイベントとなったお礼だが、いつもは無駄にレスポンスの早い羊から全く応答がない。
扉が開いた音もないから、すでに出ていってしまったという可能性はないはずだ。
たっぷりと沈黙の空間が漂い、小夜は恥ずかしさのあまり振り返ろうとした。
「あっ、ロッキーってもしかして猫のぬいぐるみの名前?」
その時、ようやく羊の素っ頓狂な声が返ってきたのだ。
小夜は安堵と共に、羊の沈黙の理由が『ロッキー』とはなんぞや? だったことに酷く落胆する。
ふん、と鼻を鳴らしていよいよ目を閉じて眠りに入ろうとした。
そんな小夜の頭に、ふわり、と大きな温もりが重ねられた。
「どういたしまして。おやすみ、小夜。」
くしゅくしゅ、と二度ほど小夜の濡鴉色の髪を掻き混ぜるように撫でた羊の手は、すぐに離れる。
それから部屋の電気が消えて、扉が開く音がする。
「羊、おやすみ」
小夜の言葉が羊にちゃんと届いたかはわからない。すぐに扉は閉まってしまったから。
ただ、きっと、羊になら届いているだろうと、小夜は安心して眠りにつく。
その日の夢は、羊と、『ニャー』と鳴くロッキーが出てきた。
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