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最終話
ぼんやりと由乃を見おろしていると、またハルの声が頭の中に響いた。
(由乃さん、死んだの?)
「うん」
(もう後戻りできないね)
「うん」
(だったら僕もついでに救ってくれないかな)
咲希は「そうね」と応じつつ、ベッドからおりた。
「由乃を殺しただけでは救われないものね。夢から覚める前に終わらせないと……」
ハルの勉強机を漁ってカッターナイフを見つけた。
前にハルがこう言ったことがある。
エイプリルフールの嘘は楽しいけれど、僕たちの嘘は苦しくて悲しいね
きっとあのときからハルは救われたかったのだろう。咲希もハルと一緒に救われたかった。
ハルは男に生まれてきたが、女になりたいと願っていた。だが、そんな普通ではない自分を否定もしていた。だから、不特定多数の異性と関係を持ち、自分は男だと無理に言い聞かせていたのだろう。
また、咲希は実の弟のことが好きだったが、それは決して許されないとわかってもいた。だから、ハルと似ている由乃を好きになろうとした。弟を好きになるのと比べれば、同性愛のほうがいくらか正常に思えた。
独り言のように歌いながら、カッターナイフの刃を出していく。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だあれ
結局のところ、普通から外れた人間は今の世の中では許されない。許されないために、自分の心に嘘をつき続けて、本当の自分は閉じこめておくほかない。この苦しさと悲しさがこれからも続くなんてぞっとする。座敷牢に閉じめられた籠の中の鳥も、こんな気分だったのかもしれない。
座敷牢から解放されるのは死んだときだけだ。由乃を殺したついでに、ハルを救ってあげよう。夢から覚めてしまう前に。
咲希はハルの首にカッターナイフを当てて引いた。
それから自分の首にもカッターナイフを当てた。
了
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