最終話

1/1
前へ
/11ページ
次へ

最終話

 ぼんやりと由乃を見おろしていると、またハルの声が頭の中に響いた。 (由乃さん、死んだの?) 「うん」 (もう後戻りできないね) 「うん」 (だったら僕もついでに救ってくれないかな)  咲希は「そうね」と応じつつ、ベッドからおりた。 「由乃を殺しただけでは救われないものね。夢から覚める前に終わらせないと……」  ハルの勉強机を漁ってカッターナイフを見つけた。  前にハルがこう言ったことがある。  エイプリルフールの嘘は楽しいけれど、僕たちの嘘は苦しくて悲しいね  きっとあのときからハルは救われたかったのだろう。咲希もハルと一緒に救われたかった。  ハルは男に生まれてきたが、女になりたいと願っていた。だが、そんな普通ではない自分を否定もしていた。だから、不特定多数の異性と関係を持ち、自分は男だと無理に言い聞かせていたのだろう。  また、咲希は実の弟のことが好きだったが、それは決して許されないとわかってもいた。だから、ハルと似ている由乃を好きになろうとした。弟を好きになるのと比べれば、同性愛のほうがいくらか正常に思えた。  独り言のように歌いながら、カッターナイフの刃を出していく。    かごめかごめ    籠の中の鳥は    いついつ出やる    夜明けの晩に    鶴と亀が滑った    後ろの正面だあれ  結局のところ、普通から外れた人間は今の世の中では許されない。許されないために、自分の心に嘘をつき続けて、本当の自分は閉じこめておくほかない。この苦しさと悲しさがこれからも続くなんてぞっとする。座敷牢に閉じめられた籠の中の鳥も、こんな気分だったのかもしれない。  座敷牢から解放されるのは死んだときだけだ。由乃を殺したついでに、ハルを救ってあげよう。夢から覚めてしまう前に。  咲希はハルの首にカッターナイフを当てて引いた。  それから自分の首にもカッターナイフを当てた。      了
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加