第四話

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 ハルは壁際に倒れこんだまま微動だにしなかった。突き飛ばしたさいに頭をぶつけて失神したらしい。  そのハルの声が頭の中で響いた。 (ダメだよ、姉さん。由乃さんが死ぬよ) 「いい。由乃にハルは渡さない」 (やっぱり姉さんはぼくが好きだったんだね) 「そうよ」 (だとしても、これはやり過ぎじゃないかな) 「これは夢だもの。なにをしても許される」 (……夢?) 「そうよ、夢に決まってる」  首を絞められている由乃は、咲希の腕に爪を立てて抵抗した。 (夢だとしても、どうして由乃さんにはこんなことを? 今まで僕が女の子となにをしても、放っておいてくれたじゃないか」 「ずっと我慢してきたの。弟を愛しているなんて絶対にダメだって……。だから、ハルがなにをしても見て見ぬふりしてきたけれど、相手が由乃だと放ってはおけない」  咲希はさらに強く由乃の首を締めあげた。 「知らない誰かなら想像できないよ。でも、由乃だったら全部想像できる。ハルに抱き締められる姿も、キスされる姿も、愛撫される姿も……なにもかも想像できる」  由乃は白目を剥いて、細かく痙攣しはじめた。 「ハルと由乃のことを想像したら気が変になりそう。こんなの我慢できない。由乃にだけはハルを渡したくない」 (だからって、こんなことをしなくても)  咲希は細い首により深く指を喰いこませた。 「これが一番確実だから……」  すると、今度は由乃の声が頭の中で響いた。 (咲希、それは身勝手すぎるよ。ハル君と似ているという理由で、私のことが好きだったんでしょう。それなのに、今はこんなひどいことをしてる) 「身勝手なのは自分でもわかってる。でも、夢の中でまで我慢したくない。由乃にハルは渡さないから」  由乃の首をさらに強く締めあげた。 (そもそもハル君は実の弟でしょう。弟が好きなんておかしいよ) 「うるさい。黙って」 (咲希は普通じゃないと思う) 「うるさい」 (ちょっと気持ち悪い) 「うるさい」  いくら強く首を締めあげても、由乃の声が頭の中で響いた。  (普通じゃないし気持ち悪いよ) 「本当にもう黙って」  由乃の首に体重を乗せたとき、咲希は小さな衝撃を指に感じた。  パキン……  舌骨が折れたらしい。  咲希は由乃の首から手を離した。由乃は白目を剥いたまま、まったく動かなかった。痙攣も止まっている。息をしているかどうかは、確かめるまでもなかった。
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