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ハルは壁際に倒れこんだまま微動だにしなかった。突き飛ばしたさいに頭をぶつけて失神したらしい。
そのハルの声が頭の中で響いた。
(ダメだよ、姉さん。由乃さんが死ぬよ)
「いい。由乃にハルは渡さない」
(やっぱり姉さんはぼくが好きだったんだね)
「そうよ」
(だとしても、これはやり過ぎじゃないかな)
「これは夢だもの。なにをしても許される」
(……夢?)
「そうよ、夢に決まってる」
首を絞められている由乃は、咲希の腕に爪を立てて抵抗した。
(夢だとしても、どうして由乃さんにはこんなことを? 今まで僕が女の子となにをしても、放っておいてくれたじゃないか」
「ずっと我慢してきたの。弟を愛しているなんて絶対にダメだって……。だから、ハルがなにをしても見て見ぬふりしてきたけれど、相手が由乃だと放ってはおけない」
咲希はさらに強く由乃の首を締めあげた。
「知らない誰かなら想像できないよ。でも、由乃だったら全部想像できる。ハルに抱き締められる姿も、キスされる姿も、愛撫される姿も……なにもかも想像できる」
由乃は白目を剥いて、細かく痙攣しはじめた。
「ハルと由乃のことを想像したら気が変になりそう。こんなの我慢できない。由乃にだけはハルを渡したくない」
(だからって、こんなことをしなくても)
咲希は細い首により深く指を喰いこませた。
「これが一番確実だから……」
すると、今度は由乃の声が頭の中で響いた。
(咲希、それは身勝手すぎるよ。ハル君と似ているという理由で、私のことが好きだったんでしょう。それなのに、今はこんなひどいことをしてる)
「身勝手なのは自分でもわかってる。でも、夢の中でまで我慢したくない。由乃にハルは渡さないから」
由乃の首をさらに強く締めあげた。
(そもそもハル君は実の弟でしょう。弟が好きなんておかしいよ)
「うるさい。黙って」
(咲希は普通じゃないと思う)
「うるさい」
(ちょっと気持ち悪い)
「うるさい」
いくら強く首を締めあげても、由乃の声が頭の中で響いた。
(普通じゃないし気持ち悪いよ)
「本当にもう黙って」
由乃の首に体重を乗せたとき、咲希は小さな衝撃を指に感じた。
パキン……
舌骨が折れたらしい。
咲希は由乃の首から手を離した。由乃は白目を剥いたまま、まったく動かなかった。痙攣も止まっている。息をしているかどうかは、確かめるまでもなかった。
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