嘘はバレないと思っていた男

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付き合い始めて二年目に入った、そろそろ結婚の話が出てもおかしくはないと思っていたが、だが、人の心というものは変わる。    女の気持ちが冷めたのか、男が心変わりしたのか。  どちらが先かなんてわからない。  「すまない、こんなことを頼んで」  男の言葉に女は気にしないでと言いながら バッグから取り出した封筒を手渡した。  中に入っているのは札束だ、突然、金を貸してくれないかと言われたときには驚いた。  理由を尋ねると実家の母親が困っているのだという。  階段から落ちて怪我をしたのだと、治療費、病院へと通うタクシー代など色々と物入りらしい。  自分の給料もカツカツだと言い、頭を下げられて女は金を貸すことにした。    だが、一ヶ月もしないうちに、男はまた金を貸して欲しいと申し出てきた。  女は内心またと思いながら、お母さんの怪我、大丈夫なのと尋ねた、すると男は歳だからねとわずかに俯いた。  心苦しいといわんばかりの態度に女はどうせならと口を開いた。    結婚しない、それは逆プロポーズだ、男は言葉に詰まったようだ。  「いや、今の状況では、色々と式をあげることだって」  難しいと呟く男に、そうよねと女は笑った。  最初の借金も返さないのに、また、貸してくれなんて、自分だったら恥ずかしくて言えないと思いながら、その言葉を口にはしなかった。  気持ちが冷めていく、本当は知っているのと女は腹の中で笑った。  (あなたが○○していること)    「今は持ち合わせがなくて、少し待ってもらえる」  その言葉に顔をあげた男は、ほっとしたようだ。  女が金を貸してくれることを快く了承してくれたからだろうか。    ああ、良かった、女と別れた後、職場に戻った男は、ほっとした。 金を借してくれる女の言葉に、それは自分の事を愛している、からだ、疑っている様子もない。  少し前、男は初めて浮気をした、誘ってきたのは女の方からだ、一度だけだ、黙っていれば分からないと思っていた。  ところが、女の方が一度きりにはしたくないと言い出してきた。  会社内には内緒、男には付き合っている相手がいる、秘密の関係というものほど夢中に、燃えてしまうものはない。  休み時間、女性達の会話が耳に入ってきた、場所は食堂だ。  周りには人がいたが、女性社員のグループは気にする様子もなく会話を続けている。    「彼氏は働いていないの、金を貸してくれだなんて」  騙されているんじゃないというと、話の発端の女性が神妙な顔つきになった。  「家族が病気で入院することになったの、それでね」  聞こえてしまった、その会話に男はぎくりとした。  「本当なの、嘘かもよ、騙されて」  「実は初めてじゃないの」  「おかしいよ、まずは自分でなんとかするのが当たり前でしょ」  周りの女性達の言葉に男に、まるで自分の事ではないかと男は思ってしまった。  「お金を貸してくれって普通なら親戚とかに頼まない、彼女になんて、そんなに貧窮しているの」  これ以上は聞きたくない、男はその場を立ち去った。    約束の時間はもうすぐだ、待ち合わせの場所は会社から離れた喫茶店だ。  二人一緒に社内で、もし、金を渡しているところを見られたらまずいと思って場所は社外にしたのだ  店に入ると彼女は先に来ていた。  「待ったかい」  声をかけて座ると女が先に話し始めた。  「お母さん、保険に入ってる」  突然、聞かれた言葉に考え込むようなふりをしながら、多分入っていなかったと思うと答えた。  「昔の人間だし、滅多に怪我や病気をすることはなかったからね」  そうなのと頷いた女の顔はお母さん大丈夫と言葉を続けた。  「今からでも入ればよくない、保険に詳しい人がいて聞いてみたの、そしたら」  話が突然、予想もしない方向に動きはじめたことに男は驚いた。  「いや、保険って今、入っても」  金が入るわけではない、自分は今、欲しいと思っているのだ、使える現金が。  「通院してるんでしょ、でも、この前、入院するかもって話していたじゃない、今の保険って昔と違うみたい」  女の話を聞きながら男は、どう話を進めれば良いのかと迷った。  「あなたのお母さんにも相談して保険に入ってもらったらいいんじゃないかと思ったの」  「待ってくれ、そんな急に言われても」  「でも、お母さんは乗り気だったけど」  「えっっ」  言葉がすぐにて出てこなかった。  「母に会った、のか」  女は頷いた。  「偶然、会ったのよ、松葉杖で、驚いたわ、あなた、たいしたことないって最初は言ってたけど、あれは通院も大変よ」  驚くというより、混乱した、母が本当に怪我をしていたのか。  いや、母は市内在住ではない、市外から来たのか。  「母さん、怪我をしたのか」  電話口に出ると母はそうよと頷いた。  「ええ、彼女に聞いたの」  「そうだよ、心配してた、でも、どうしてこっちの病院に」  「市内では設備がね、それでこっちの病院に紹介状をかいてもらったの」  話を聞きながら男は安堵した、自分が彼女に金を借りるという話は知らないようだ。  「入院するのか、そんなに悪いのか」  「検査したほうがいいってね、でも、かなり、お金がかかるみたいだし、考えているのよ、でもあなたの彼女が保険のことを」  保険、その言葉に、男はどきりとした。  「母さんは保険、入ってた」  「癌保険だけよ、それで」  電話口の言葉を聞きながら、だが、その反対に耳を塞ぎたい気分になった。  「ねえっ、お金を貸してくれって、最低よ」  「えっ、えっ」  「お父さんの弟よ、それで別れるって、揉めているの、原因は」  浮気らしいわ、その声は呆れと皮肉が混じっていた。  「そ、そうなんだ」  「あなた、知ってたでしょ」  「いや、知らなかった」  本当に、念を押されるような母の言葉は詰問ではない、それなのに、まるで、責められるような感じに聞こえるのは気のせいだろうか。  「お父さんも怒っていてね、浮気相手に貢いでいたらしいの、親戚中、その噂で皆、呆れて縁を切るって言ってるのよ」  「そんな浮気っていっても」  「一度だけでも失うのよ、信用も愛情も」  最後の一言、体が震えた。  だが、大丈夫だ、自分はと思う、何故ならばれていないからだ。  彼女に。  「本当に大丈夫なの」  母親の声が聞こえる、だが、それが何を意味しているのか。  何が大丈夫なのか、男にはわからず、ただ小声で頷くことしかできなかった。    
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