26人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ…大丈夫?」
しばらくメソメソしている私に、柏谷くんが遠慮がちに話しかけてきた。
「あ、うん。ゴメン…」
私は鞄からティッシュを出して、涙と鼻水を拭う。
「泣き虫なのは相変わらずなんだな」と、柏谷くんがクククと笑う。
「むしろ、年取ってパワーアップしたかも」と、私もフフっと笑った。
「電話は…旦那さん?」
「ううん、息子。もう大学生だよ…旦那とはとっくの昔に別れて、シングルマザーってやつ」
私の返答に、柏谷くんは申し訳なさそうな顔をした。だが、それも一瞬のことで、「じゃあ、食事に誘ってもいいわけだ?」と悪戯に笑った。
私は驚いて柏谷くんの顔をまじまじと見た。
柏谷くんは真っすぐに私を見つめ返す。
ドクン…
少しふくよかになったけれど、素敵に年を重ねた柏谷くんとの再会に、私は彼に恋をしていたあの頃を思い出して、胸の辺りがこそばゆくなる。
「こんなおばさんでも、二人で食事に行ったら奥様に叱られるんじゃない?」
私も悪戯に笑ってそう返す。
こんなやり取りなんて…探りを入れるなんて…いつぶりのこと?
心臓が早鐘を打つ。
「俺も、今フリーだよ…」
私たちはフフフと照れ笑いをして、外を眺めた。
雨粒のついた窓ガラスの向こう、山の奥にうっすらと虹がかかっていた。
「あ、虹…」
「本当だ」
私たちは、キラキラと雨粒の輝く世界を黙って眺めた。
一星は、私が私の人生を歩むことを許してくれるだろうか…
いや、許してもらおう。
一度きりの人生、私にだって楽しむ権利はあるよね?
ねぇ一星、どっちが早く恋人ができるか競争しようか…
え?フライング?
どうかな、これくらいのハンデあってもいいんじゃないかな…
瞬きをすれば見失ってしまいそうな虹を、私は清々しい気持ちで眺めた。
「じゃあ、いつにする?」
最初のコメントを投稿しよう!