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柔らかな春の陽射しが心地よい、旅立ちの早朝。
外の空気は清々しく、引越し日和だ。
しっかりと梱包された十四個の段ボールと、ローテーブルと衣装ケース。それから布団とテレビとテレビ台。
運び出される準備の整った引っ越し荷物を見て、ため息が漏れた。
いよいよか…
十八年、共に生活をしてきた息子の旅立ち。
初めての一人暮らしに浮かれる一星とは相反して、私は心にぽっかり穴が開いたように空虚な気持ちだ。
毎年、柱につけた成長の印を眺めて、じんわりと視界が霞んでくる。
一階のリビングの掃き出し窓の網戸に体を預けて、ボヨンボヨンと跳ね返りを楽しんで、外れた網戸と共にベランダに落ちて頬に網目の傷をつくったこともあったっけ…
次々と思い返される、一星の思い出。
「今生の別れじゃないんだからさぁ…」
一星は、メソメソし始めた私を見て、呆れ顔をする。
「だってぇ…」と、私は袖で涙を拭う。
「ミサト、一星、引っ越し屋さんがきたよ」
掃き出し窓から外を眺めていた私の母、一星の祖母が振り返りそう言うと、「寂しくなるね」と俯いた。
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