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しばらく沈黙が続き、雨の響きが車内に広がる。タクシーの窓を濡らす音がだんだんと強くなった。
「私ね、あの頃、薄田くんに憧れてたんだよ」
「えっ?」
「薄田くん、私のことをよく見てたでしょ。私、告られるの、待ってたんだよ」
「確かに、僕は君のことを好きだった。でも、君は高嶺の花だったし」
「じゃあ、今の奥さんは、奥さんから告白してきたの?」
「いや、ちゃんと僕が……あっ」
カマをかけられ、のってしまった。
「その勇気をあの頃持ってくれていたら、私たち、違う人生だったかもね」
「どんなご主人だったの?」
「優しい人だと思ってた。でも、結婚したら、怖い人だった。着いたわよ」
気づけば、家の前だった。
僕は、メーターを見ながら、料金をすべて札で出した。少しでも長く一緒にいたかった。
花咲は、名刺を差し出した。受け取ると、裏に携帯の番号が手書きされていた。
「タクシーが必要だったら、私を呼んでね。携帯は仕事中は繋がらないわよ。あと……」
花咲はお釣りを出し終えると
「奥さんによろしく」
「……」
「結婚してたの知ってたよ。今日は4月1日、エイプリル・フールだからね。嘘だってわかってたわ」
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