第1話 店先で剥く行為

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第1話 店先で剥く行為

 冒険者の青年ティベリスは、興奮のあまり叫んだ。人目もはばからず思うがまま、感情がたぎるのに任せて。 「すごいすごい! どんだけデカイんだよ!」  人生で初めて訪れる王都だ。つい気持ちが高ぶってしまってしまい、左右をキョロキョロ見回しては歓喜の声をあげる。髪型は少し大人びて、黒髪を短く切りそろえているが、瞳を少年のように輝かせた。 「人は多いし家もたくさん、お店だって数え切れないくらいあるよ。いったい、故郷の村が何個入っちゃうのかな? 千個とか、2千個とかかな?」  そう叫ぶ間も、すれ違う人とぶつかった。ティベリスが着込むチュニックやズボンが、軽く着崩れてしまうのだが、気付けない程の大興奮だ。  何しろ見るもの全てが珍しい。金銀珠玉で着飾る貴婦人、整備の行き届いた石畳に街並み、往来に所狭しと並ぶ露店。僅か15年の人生と言えど、1度として見かけないものばかりだった。 「おっといけない、仕事を先に片付けないと。絶対忘れちゃう」  ティベリスは観光で来たのではない。ギルドで請け負った配達の為に訪れたのだ。もっとも、街の光景を眺めただけで楽しめるのだから、約得だと言えた。 「ええと、配達先の素材屋はこの店だね」  路地裏に佇む、小ぢんまりとした店を訪った。老いた店主に品物を渡すと、代金を受け取った。その半分はティベリスの取り分で、残りが依頼人に渡す分である。うっかり使い込まないよう、別の袋に分けておく。 「さてと、お仕事終了! これから観光しようかな。でも小腹が空いたし、美味しいものを食べようかな」  王都には連日のように、大陸中から行商人が集まる。そのため、全国の美味いもんが勢ぞろいするのだ。他にも武具やら民芸品など、様々な物品が並ぶのだが、そちらには興味を抱かない。 「へぇ〜〜暴れ牛の肉串かぁ。おじさん、これって美味しいの?」 「当たり前よ。もう毎日大盛況で、顔を洗う暇も惜しいくらいだ」 「じゃあ1本ちょうだい」 「あいよ。300ディナだ」 「高いなぁ。300って、何日も食える金額じゃないか……。でも美味しいんだよね?」 「当たり前よ。もう食べたら病みつき、一生忘れられない味がするぜ」 「そんだけ凄いなら、買うよ。せっかく王都に来たんだし!」  ティベリスが3枚の銀貨で支払うと、串を受け取った。肉は大ぶりで顔面を覆い尽くしてしまうほどだ。焼きたてで、ジュワリと弾ける油に大粒の塩が溶けてゆく。  我慢できないとばかりに、その場でかじりつこうとした。しかし人の往来が激しく、邪魔だ何だと怒られてしまう。仕方なく路地裏へ避難。こちらは人影がまばらである。 「ここなら平気だよね。いただきま……」  いざ実食。思い切りかじりつこうとしたが、ふと視線を感じて、手を止めた。視線の正体は見知らぬ少女のもので、物陰からティベリスを見ていた。正確に言えば、手元の肉串を。 「どうしたの、お嬢ちゃん。お父さんやお母さんは?」  少女は無言で首を横に振った。その拍子に、土とホコリで汚れた金色の髪が、はらりと垂れた。 「もしかして、お腹が空いてる?」  今度は縦に振る。腹の虫も小さいながらも鳴った。  ティベリスは自分の手元を見て、悩む。そしてしばらく、ウンウン唸った後に、串を差し出した。 「良かったら、コレを食べるかい?」 「いいの? くえゆの?」 「僕には干し肉の余りがあるから、平気だよ」 「あいがと、ニーチャ!」  少女は串を受け取るなり、小さな口を開け広げた。大物の肉だ。子供の口に収まるサイズではない。  それでも少女は小さい口なりに、端から食べ進めていく。その姿はまさに一心不乱という様子だった。 「さてと。僕も食べようかな……」  手のひらには干し肉の端切れがある。別に美味いものではないが、小腹を満たすくらいは出来る。一気に口の中へ放り込もうとしたところ、新たな視線に気付いた。  じっとティベリスを見るのは、見知らぬ少年。その子は手元の干し肉を、物欲しげに見ていた。 「あは、は……。君もなのかい?」  ティベリスは力なく笑った。それは降参の合図であった。 「ふぅ、参ったな。結局は一口も食べられなかった……」  大通りに戻ってきたティベリスは、空腹を抱えていた。あちこちの露店では串だのシチューだのと、美味そうなもので溢れている。しかし金が無い。 「残りは銀貨1枚か。これで何か食べられるのかな」  一応、別の小袋には数枚の銀貨があるが、それは依頼主の取り分だ。使い込めばもちろん罰せられる。 「さすがに犯罪者になるくらいなら、空腹を我慢するよ……。おや?」  ティベリスは露店の1つに、フルーツ店を見つけた。看板には「何でも1本100ディナ」と書かれており、予算に収まる料金だった。  いっそう混雑が増す大通りを、どうにか人垣を掻き分けて、店の前へ向かった。 「おじさん。フルーツって何があるの?」  ティベリスは問いかけるも、返事は無い。店主は今、ナイフを片手にフルーツの下ごしらえを進めている所だ。無視されたというより、雑踏の騒がしさで耳に届いていなかった。 「ねぇおじさん! 聞いてくれる?」 「ん? ああ、悪い悪い。あんまりにも周りがウルサイもんだから、聞こえてなかったよ」  店主は謝りながらも、真っ赤なイチゴを手際よく串刺しにした。そこへ濃厚な白ハチミツを垂らして、女性客に手渡した。 「待たせてすまないね、お兄さん。注文をどうぞ」 「1本ちょうだい。ちなみにフルーツって何があるの?」 「だいたいのモンは揃ってるよ。りんご、オレンジ、イチゴにレモンにマンゴー。他にも色々ある。何でも良いから、好きなものを言ってごらん」 「う〜〜ん。迷うけど、バナナにしようかな」  そこで店主の顔がひきつる。それから左右を見渡しては、大通りの様子を眺め出す。  なぜ様子を伺うのか、ティベリスには分からない。 「まったく……よりにもよってバナナか。だったら串では出せないぞ。売ってやるけど、扱いには気をつけてくれよ」 「ええ? それは構わないけど……」  銀貨一枚と交換に手に入れたのは、1本のバナナだ。言葉通り串はなく、皮付きのままだ。本来ならハチミツをかけてくれるのだが、それも無い。 「いったいどうして。同じ料金を払ったのに」  不満は感じるが、それよりも空腹だ。路地裏に足を運ぶ時間すら惜しい。彼は露店の目の前でバナナに手をかけ、皮を剥こうとした。  だがその瞬間、辺りに悲痛な悲鳴が鳴り響いた。 「うわぁ! こいつ、こんな所でバナナを!」  その声をキッカケに、とたんに静まり返る。耳にうるさいほどの賑やかさが嘘のようだ。そして、通行人達は皆が足を止めて、静かにティベリスを睨みつけた。 「えっ。どうしたの、急に?」  人々は、ティベリスの問いに答えない。皆が皆、小声ながらも冷たい口調でののしった。直接本人に言うのではなく、連れ合いと囁き合うようにして。 「バナナですって。何て事でしょう、汚らわしい」 「ありえねぇわ。普通、こんな真っ昼間の往来で食わねえだろ。何考えてんだよ」 「とりあえず衛兵に通報だな。とっとと捕まえてもらおうぜ」  ティベリスには訳が分からない。街の人々の言葉に理解が追いつかなかった。ただ、確固たる憎悪が向けられている事は理解した。居合わせた者すべてを敵に回した気分になる。  やがて人垣が割れた。やってきたのは鎧姿の衛兵だ。 「お前がやらかしたのか! よくも天下の往来で。覚悟しろ、この犯罪者め!」 「えっ、ええっ? 何がですか!?」 「良いから来い、抵抗するな!」  それからティベリスは、衛兵に囚われた。両手を縄で縛られた上で、王都の奥へと連れて行かれた。
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