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思わず硬直するティベリス。だが、自警団の目的は彼ではない。遠くの群衆から『早くその女をつかまえて、プロパーマナーズ違反でしょ!』と、金切り声があがった。
そんな『世論』を背景に、自警団の青年は語気を荒くした。
「そこの女。アンタの服装は法に触れている。今すぐ改めるか、捕縛かを選べ」
「まってよ! これはちょっと手違いがあって! すぐに何とかするから、ねぇサーラ?」
「いえ。これは仕様のため、どうにもなりません。あしからず」
「その言い方ァ! 僕より世渡り下手ァ!」
「従わないというのなら、やむをえん。詰め所まで来てもらおう」
団員の手がサーラに伸ばされた、その時。すぐそばで怒号が鳴り響いた。看板が揺れ、花壇の花が顔を背けるほど、強烈な音量だった。
「サーラちゃんに手を出すんじゃねぇ、はっ倒すぞ!」
ギルドマスターが鼻息を荒くしながら登場した。荒ぶる雄牛のような威圧感に、居合わせた人々は数歩あとずさった。
「うっ……、マスター。アンタにゃ関係ないだろ。仕事の邪魔をしないでくれ」
「生意気抜かすなよ、泣き虫ジョナサンがよ。てめぇは今でこそ自警団のメンバーだが、以前は意気地なしの冒険者だった。オレが面倒見なきゃ、依頼のひとつもまともに出来ない、どうしようもねぇヤツだったよな」
「いや、アンタには心から感謝してるよ。でも今は――」
「うるせぇよ。なにがプロパー・マナーズだ、ふざけんな!」
ギルドマスターは自警団を押しのけて、裏通りの真ん中に出た。その場に居た全員が彼の動きに注目した。
「裾が短いから何だ。それの何が不適切だ。隠すべきモノが隠れてりゃ問題ねぇだろ!」
「そりゃ理屈ではそうかもしれんが、通報が入ったら取り調べるのがルールで――」
「裾が短くても安全だってこと、オレが証明してやる、みてろ!」
ギルドマスターは、自分のローブをまさぐりだした。少しずつ裾をあげ、身体をあらわにしていく。黒ずんだヒザ、毛むくじゃらのフトモモ、それらがゆっくりと披露された。
だが、そろそろ危ない。じきに彼の『3本目の足』が、プラリと見えてしまいそうだ。
「やめろ、やめてくれマスター! アンタのそんな姿、見たくねぇよ!」
「何言ってんだ、まだ小手調べだぞ。この姿で町をゆっくりとウロついてやる」
「正気かアンタは!?」
「証明するって言ったろ。オレの暴れん棒がポロリしなかったら、サーラちゃんだってお咎(とが)めなしだ。そうだろ?」
「もうマジでやめてくれ。万がいちポロンしたら、オレたちはアンタを捕まえなくちゃならない」
「おうやるか、ひよっこども。かつては『破砕鬼オイゲン』と呼ばれたこのオレを、テメェらだけで捕まえようってのか?」
「無理だから言ってんだよ、おやっさん! 頼むから言うことを聞いてくれぇ!」
この頃になると、大勢の野次馬が集まりだした。用もないのに、大通りからわざわざ様子見に来る者も多かった。
そうして騒ぎが大きくなるにつれて、自警団の数も増えていく。狭い路地は大混乱で、もはや罪がどうのと語る余裕はなかった。
その様子を見計らって、ギルドマスターはティベリスに告げた。
「よし、お前らは今のうちに逃げろ。今なら門番も少ないはずだ。町を出ることも難しくない」
「もしかして、そこまで考えてくれたの?」
「乗りかかった舟だ。町を出る時も都合よく、行商人に乗せてもらえるとは限らんだろ」
「あはは。実をいうと、さっきもらったお金で乗せてもらおうと考えてたよ」
「それと忠告だ。大きな街はなるべく避けろ。騎士団がお前の事を探している。立ち寄るなら小さな田舎村にしておけ」
「本当にありがとう。気をつけるよ」
「サーラちゃん。もしコイツに何かあったら、真っ先にオレを頼ってくれ。必ず力になるぜ」
「不要です。私がティベリス様の傍を離れるなど、ありえないことです」
「サーラ……、今のは社交辞令だよ。もう少し愛想を良くしなよ」
「そうですか。お気遣い感謝します。それではごきげんよう」
「塩味がつよいなぁ……」
今も混乱する群衆のなかを、ティベリス達はこっそり抜け出した。そして、町の出入り口である門も難なく通過。監視の目は少なく、荷馬車に隠れるようにするだけで、スムーズに脱出できたのだ。
「ふぅ、色々あったけど、無事に出られたね」
「ティベリス様。ここは助言通り、町から離れましょう。例の騎馬隊が通らないとも限りません」
「そうだね。まずは旧街道に行こうか」
ティベリス達はモモトフの町を後にした。そして大街道から横道に入る。でこぼこ道で石だらけ、起伏も激しい。騎馬も馬車も避けて通る道だった。
「そろそろ野宿の準備をしようか。そこにリンゴがなってるから、晩ごはんも調達できるし」
「承知しました。私は火起こしを任されます」
「良いよ、休んでなって。魔力が残り少ないんでしょ?」
「火起こしくらい問題有りません。残されたローブがさらに縮まり、色々とはみでるだけですから」
「それが問題だって言ってんの」
その日は大きな木の下で一泊。ほどほどに深く眠り、次の朝を迎えた。
小鳥のさえずる豊かな目覚めだったが、ティベリスは異変に気づき、慌てふためいた。
「えっ、サーラ? どこに行ったの、サーラ!」
サーラの姿がどこにもない。立ち去った痕跡もない。ティベリスは夜を越す間に、彼女と離れ離れになってしまった。
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