第2話 抜いてしまった青年

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第2話 抜いてしまった青年

 重罪判決を受けたティベリスは、その日のうちに鉱山送りとなった。移送は馬車。手足にはめられたサビだらけの枷(かせ)が、重たくのしかかる。 「ヒッヒッヒ……。これからテメェらは暗い暗ぁい地面の下で、穴を掘りまくる毎日になる。モグラみてぇによ。今のうちに空でも拝んでおくんだな」  御者が奥歯を見せてまで嘲笑う。その言葉を真に受けて空を見上げたのは、ティベリス1人だけで、同乗する他の犯罪者達は無反応だ。顔面を覆って嘆くとか、回り続ける車輪を見るだとか、腕組みつつ寝入るなどしている。 「空か……。今日はまずまずの天気だな」  雲の流れは早く、太陽に陰りを生んだ。頬に冷えた風が当たり、舞い踊る枯れ葉も乾いた音を立てる。あまりにも見慣れた、ありきたりな光景が見納めになる。そう思うと、ティベリスは大きく肩を落とした。 「僕は、これからどうなっちゃうんだろ……」  不安を抱きつつ馬車に揺られる事、数日。目的地の鉱山に辿り着いた。ティベリス達は枷(かせ)を外される代わりに、地下坑道へと押し込められ、ツルハシを手渡された。あとは指示通りに掘るだけだった。 「良く聞け犯罪者どもぉ! 鉱脈を見つけた時はすぐに報告するだぞォオン? チョロまかしたらムチでぶっ叩くからな、そうでなくても殴るけどな、アァン!?」  彼に課せられた無期労役とは、文字通りに終わり無き刑罰だ。来る日も来る日も重労働を強いられ、それは死を迎える日まで続く。  これほどの罰を、まさかバナナ1本で受けてしまうとは。理不尽だと抗議したところで、誰かに聞いて貰える状況ではなかった。 「おい新入り、ボサッとすんな! ムチでしばき倒すぞオラァ?」  新顔のティベリスは何かと目立ち、洗礼代わりにムチを浴びた。悪目立ちを避けるには、ツルハシを振るって掘り続けるしかなかった。 「ケホッ。喉が痛い。ホコリが酷いな……」  小一時間と経たない内に、口の中は乾いてしまう。土ホコリが頻繁に舞うせいで空気が悪い。坑内が陰鬱としている理由の1つだ。松明の数が多いので、昼間同然に明るいのだが、頭上の岩盤による圧迫感が凄まじい。  可能であれば1秒でも早く抜け出したい程、環境は劣悪だった。 「なんだって僕がこんな目に……。傷害とか、盗みよりも重罪になるなんて」  何度考えても納得のいかない刑罰だ。いっそ逃げてしまいたい。しかし屋外ならいざ知らず、ここは狭い坑道だ。出入り口には必ず見張りが立ち、脱走を阻む。そうでなくても、監視役の衛兵が目を光らせていた。  今のように、周囲の様子を確認するだけでも、きつく咎められてしまう。 「手を動かせよ新入りィ! そんなにムチが欲しけりゃ、ガッツリくれてやるオォン!?」  背中にムチの痛みが走る。今はただ、歯を噛み締めて耐えるしかなかった。    それから、どれだけ重たいツルハシを振るっただろう。いつしか指の感覚は失せた。掘り続ける事が出来たのは、惰性のおかげでしかない。  時間の感覚が完全に消えた頃、監視の声が響き渡った。 「よし、作業やめ! 昼メシの時間だぞアァン!」  その声と同時に、ムチの鳴る音を聞いた。地面を叩く音がベル代わりだ。割と大きく響くので、囚人たちの耳にも届いた。  食事は唯一の楽しみと言って良い。簡素なパンとスープだけでも、空腹の身体には嬉しいものだ。水筒で喉を潤せるのも嬉しい。地べたに座って食べるという、家畜並の待遇だったとしてもだ。 「おい、お前は何やったんだ?」  囚人たちの話題は、もっぱら経歴になる。つまり犯罪歴だ。だいたいは窃盗や暴行だった。彼らの労役期間もマチマチだが、大半は10年足らずだと言う。無期労役という特別待遇は、ティベリスを除いて1人も居なかった。 「さぁてと。最後は甘ちゃん坊やだ。何をやったのか教えてみろや。どうせ大した事ねぇだろうがよ」  周囲の視線が一斉にティベリスへ向いた。値踏みする表情ばかりで、中には鼻で嘲笑う者まで居る。 「えっと、僕の番?」 「当たり前だろ。小物のくせに、もったいぶるんじゃねぇ」 「僕はバナナを食べようとしただけなんだ。お店で買ったのを、その場で」 「ハァ!? その場で食おうとしたって!?」 「そうだよ。剥(む)いて食べようとしたんだけど、すぐに捕まってさ」 「剥くって事は皮付きか。マジかよ、とんでもねぇクソ度胸野郎じゃねぇか。不撓不屈(ふとうふくつ)のレジスタンスかよ?」  恐れおののく様子を隠さない囚人たち。反応はあからさまで、目を見開いて後ずさる程だった。 「ちょっと教えて欲しいけど、僕はそれほどの事をやっちゃったの?」 「そらそうよ。こんな常識も知らねぇとはお前、とんでもねぇド田舎育ちか?」 「まぁ、うん。ノーザンホルン地方の――」 「すげぇ北国。とんでもねぇド田舎だったわ」 「そこの山奥に住んでた」 「さらにド田舎だったわ。あんな所に人なんか住んでんのかよ……」  囚人は悪人ヅラに反して、割と親切だった。昨今の王都について説明してくれたのだ。  今から5年前に王が代替わりして、様々な制度が変わった。大体が不評で、不満の声は少なくない。その中でも悪評高いのが「プロパー・マナーズ」という法律だった。 「ぷろぱー、まなぁ〜ず?」 「簡単にいえばゴミを捨てるなとか、酒飲んで暴れるなとか、そういうもんだ。まぁそれは良い。今までも言われ続けた事だ。問題は『あらゆる不適切な言動を禁止する』ってやつだ」 「不適切な言動?」 「プロパー・マナーズのせいで、今までいろんな奴が捕まったらしいぞ。そりゃもう、厳しい取り締まりがあってな。お前も知らなかったじゃ済まなかったろ。問答無用ってやつだ」 「それは分かったけど、僕の罪と何の関係があるの?」 「いやお前、ちょっと考えたら分かるだろ」 「分からないよ、だから教えてくれ。僕のバナナの何が悪かったのさ!?」 「やめろやめろ! 声がデカイんだよ!」  その時、遠くでムチの音が鳴り響いた。作業再開の合図だ。議論はお終いとあって、相手役の囚人は、そそくさと持ち場へ走って行った。  ティベリスもツルハシを担いで、坑道の端まで歩いていく。 「訳が分からないよ、まったく。謎理屈で謎犯罪をでっち上げられて、謎坑道を掘るハメになるなんて」  ツルハシを掲げて振るう。叩きつける。力任せにひたすら、延々と。  そうして、鬱憤を晴らすかのように掘り続けるうち、ティベリスは思わず前のめった。唐突に手応えが消えたのだ。   「なんだこれ、空洞……?」  その周りを掘ってみたところ、空洞の口は広がるばかり。やがて大人1人が通れるほどの大きさになった。 「何だろう……。もしかして、秘密の抜け道だったりしないかな」  周囲の様子を伺ってみる。順調に掘り進めたお陰で、今は死角の位置にいた。多少の時間であれば、姿を消しても気付かれそうにない。  行けると判断したティベリスは、松明を片手に空洞へ潜り込んだ。下り坂を滑るようにして降りていく。そうして抜け出た先は、広々とした地下空間だった。 「建物がある……でも壊れてる。昔は神殿だったのかな?」  全ては朽ち果てた後だ。モルタルの柱は不規則に倒れており、崩れきった屋根もガレキの山と化していた。地面に転がるレリーフも意匠は実に細やかだ。かつては荘厳な建物だったろうと思う。  そんな廃墟を見渡しているうちに、視線が止まった。不自然なほど、暗闇の中でほの明るい輝きを見たのだ。 「ここだけ光ってる。どうして……?」  それは、一振りの剣が突き刺さる台座だった。この近辺だけ、松明が必要ないほどに明るい。日差しでも差し込んでるのかと思いきや、天井は熱い岩盤で覆われている。剣が自ずと発光しているようだった。 「台座に碑文があるな、なになに。あまねく邪を打ち払う聖剣エビルスレイヤー……、聖剣だって!?」  ティベリスは目を真ん丸に見開くと、台座に顔をズイッと近づけた。 「剣を携える資格は、光の戦士一族にのみ与えられる。また同じく、破滅的なド……、ドス、なんだろ。後は掠れて読めないな」  全文を解読する事は出来ない。だが、この不思議な剣が、聖剣と呼ばれる代物だと理解した。  するとティベリスの胸は強く高鳴り、自然と鼻息も荒くなった。膨らみ続ける好奇心で、体の中が破裂してしまいそうだ。 「資格が無いと抜けない剣……ってやつか。一体どんな仕組みなんだろ?」  一歩、また一歩と台座へと近づいた。ティベリスは、既に労役の事など忘れきっている。今は心が吸い寄せられるまま、剣の方へ歩み寄るばかりだ。  そして何ら警戒せず、聖剣の柄を握りしめた。 「これが抜けたら光の戦士って事になるのかな。僕の家は、そんなご立派な家系じゃないけど……ッ!」  ティベリスは軽い気持ちで剣を引いてみた。するとどうだろう。ろくな抵抗もなく抜けた。まるでニンジンでも引っこ抜くかのように。 「えっ、抜けた!? こんな簡単に!」  激しく左右を見回してまで狼狽えたが、彼に困惑するだけの時間は与えられなかった。  次の瞬間、台座と聖剣の接合部から、何かが吹き出してきた。白く輝く霧状のものは、辺りに滞留しながらも人型を模していく。  それはやがて、1人の女性の姿に変化した。そして、鈴の鳴るような声が聞こえるようになる。 「アナタが次の聖剣遣いですか。意外です。随分とお若いのですね」  謎の女性は異質だった。全身が、裾の長いローブごと淡く輝いている。地に足を付けてはおらず、宙に浮かぶ様は、まるで水面にたゆたう落ち葉のよう。  ひと目見ただけで、人間ではないと分かった。ティベリスは驚きを隠しもせず、掠れた声をあげた。
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