第4話 仕様なら仕方ない

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第4話 仕様なら仕方ない

 ティベリスは、ひとまず坑道へ戻ることに決めた。いまだ目覚めぬ衛兵を背負いながら、来た道を引き返していく。 「それにしても、魔獣っていうのか。どうして急に出てきたんだろ」 「その時の様子はどうでしたか?」 「囚人のオースチンが、監視の衛兵に怒られてたんだ。そして揉み合ってる内に、あの魔獣が突然現れた」 「その揉み合ってる様子を詳しく」 「オースチンが、何か良くない事をしてたらしい。だから衛兵に怒られた。出ていけとか、立ち去れだとか」 「会話の内容を思い出せますか?」 「最後の警告だぞオースチン、ここから立ち去れ……だったかな?」 「分かりました。その衛兵とやらが魔族と『感化』した事で、魔獣化したようです」 「感化……?」 「魔族の魂を取り込み、同化してしまう現象です。そうなれば打つ手なし。ニンゲンを襲うだけの恐ろしき怪物に成り果てます」  その言葉は衝撃的だった。絶句するティベリスに、さらなる説明が続く。 「感化するキッカケは不適切な言葉です。特に暴言や怒声といった暴力性まで加わると、危険度も飛躍的に増大します」 「不適切な言葉? 少し乱暴な言い方だったけど、そこまで酷いセリフだったかな」 「分かりませんか。では、もう一度言ってもらえますか?」 「最後の警告だぞオースチン、ここから立ち去れ」 「有りましたよね、不適切なフレーズが。具体的に言うと『オースチン。ここから』の部分で――」 「うん、うん。もう分かったから。説明は要らないよ」  ティベリスは理解するなり、こめかみを指先で押さえた。頭痛でも覚えたかのように。 「嘘だろ……。悪ふざけ的な言葉遊びで、魔族化したって?」 「不運でしたね。悪条件を重ねた事で、魔族に乗っ取られたのです」 「なんだか喋る事が怖くなってきた……」  洞穴から坑道に出たところ、ティベリスは異様なまでの静けさに驚く。物音どころか、人の気配すら感じられなかった。 「すごく静かだ……。もしかすると、みんな外に逃げたのかも」 「ティベリス様。今、奥の道で何かが横切りました」 「うん。僕も一瞬見えた。行ってみよう」 「油断なさらぬよう」  ティベリスは謎の気配を追いかけた。すると、坑道の中でも広い場所に出た。集会エリアと呼ばれるスペースで、壁際には工具や備品が山積みになっている。 「この辺りに向かったようだけど、隠れたのかな……」 「おい。その声は、ティベリスだよな!?」 「なんだオースチンだったのか。無事だったんだね!」 「トカゲに食われて、眼の前が真っ暗になったかと思ったらよ、急に目が覚めたんだ。そしたら誰もいねぇしよ……」 「とにかく治って良かったよ。元凶を倒したから、元に戻ったのかな?」  ティベリスが物陰に歩み寄った所、確かにオースチンが身を隠していた。しかし彼は立ち膝になったままで動かず、腰のあたりに木板を押し当てている。無事とは言い難いように見えた。 「どうしたの、オースチン。もしかして、怪我をして立てないとか?」 「怪我は無いが、別の意味でピンチだ。頼む。布の1枚でも持ってきてくれ」 「やっぱり怪我じゃないか」 「違う違う、起きたら真っ裸でさ。服が粉々に千切れやがった。このままじゃ卑猥罪が成立しちまう。だから頼む、助けてくれよ!」 「ねぇサーラ。どうしてオースチンまで裸なの? 彼は石化したけど、魔族化してなかったじゃないか」 「仕様です。慣れてください」 「便利な言葉だね、それ……」  ティベリスは資材置き場から、大きな布を1枚取り出した。身体に巻き付けて縛るだけで、仮の衣服としては十分だ。 「ありがとよティベリス。それにしても何が起きてんだ? バケモノは出るわ、裸になるわで訳が分からねぇよ」 「訳が分からないのは、僕も大差ないよ」 「つうか起きたら誰も居ねぇし、やっと会えたかと思ったら、お前はお前で美人のネーチャン連れてるし。ご立派な剣まで持ってやがるし、しかも背中には気絶したオッサンを背負ってるし! いやマジで何? 何が起きてんの!?」 「それは諸々あってさ」 「一言で片付けようとすんな。こちとらパニック寸前だぞ」 「話すと長くなるんだ。それよりも先に、みんなと合流しない? たぶん外に出たと思う」 「まぁ良いけどよ。まったく、タチの悪い夢を見ているようだぞ……」  それからはオースチンも伴って、出口へと向かう。先程は逃亡を阻んだ扉も、力付くで破壊されていた。逃げ遅れて寿司詰め状態だったのが嘘のように、今は1人さえも姿を見かけなかった。 「ツルハシで壊したのかよ。これで囚人達は揃って脱走したと。前代未聞だな」 「さすがにそれは無いと思うよ。監視の衛兵もそこそこ居たし、安全な場所に避難しただけじゃないかな」  扉の先は登り坂が続く。そこを越えたら地上だ。 「向こうから風が吹き込んでくるね、空気が美味しい。早く広い空が見たいよ」  ティベリスが1歩踏み出そうとした、その時だ。風切り音が迫った。反射的に後ずさると、足元に1本の矢が突き立った。 「貴様ら、そこで止まれ。さもなくば命はないぞ」  地上口から大勢が降りてきた。武装した衛兵隊と、護送される囚人達だ。特に囚人の方は、顔を大きく腫らす姿が目立った。 「シンジャエール長官! 囚人36名のうち34名、無事連れ戻しました!」 「ご苦労。残りの2人はこやつらか。つまりは、1人も脱走者を出してないのだな?」 「ハッ、間違いありません!」 「囚人をあわや脱走させかけるという、衛兵としてあるまじき失態は許された。始末書の100本で勘弁してやる。喜べ」 「慈悲深きお言葉、心より感謝申し上げます!」  シンジャエールは鼻で息を吹くと、値踏みする視線をティベリスに投げかけた。縦ロールの口ヒゲを指先で弄(もてあそ)びながら。 「残念だったな、無期労役のティベリスよ。陳腐な脱走劇はあえなく阻止されてしまったぞ?」 「脱走劇? 何を言ってるんだ。僕たちは魔獣に襲われて、必死の思いで逃げただけだよ」 「魔獣、ねぇ……。そんなものは何処にいる?」 「それは僕が倒したから、消えちゃったけど……」 「消えただと? 牙なり肉片なり、何かしら残るものだろう?」 「何も無いよ。光った後に全部消えてしまったんだ」 「それにな、命の危機を感じたというのなら、囚人の何匹か犠牲になっていて当然だ。しかし、この通りすべて生き残っておるな?」 「だって、魔獣を倒すと石化も治るから……」 「これではお話にならない。子供でさえ騙せんぞ。誰の目から見ても、反乱や集団脱走だと断言するに違いない」 「脱走なんて企んでない! もしそうだとしたら、僕とオースチンも皆と一緒に逃げてたハズだ!」 「おおかた、金目の物を漁って逃げ遅れたのだろう? 結果、手に入れたのはその剣か。実に古臭い意匠だ。骨董品屋でも見かけない代物など、何の値打ちも無かろうになぁ。クックック」  この言葉はサーラの心をかき乱した。いつもの微笑みは崩さないものの、強い威圧感をにじませつつ、ティベリスの耳元で囁いた。 「ティベリス様、今の侮辱は許せません。女神の名のもとに正義の鉄槌をくれてやりましょう」 「さぁ覚悟せよ、哀れな脱走者ティベリス。これほどの所業、慈悲深き女神すらも許さぬであろうよ」 「涙が枯れるまで切り刻みましょう。何度許しを請おうとも責め続けるのです。命が果てるまで」 「簡単に死ねると思うなよ。お前は散々に痛めつけられた後、ジワジワと死に至るのだ」 「手始めに両手を縛り、目隠しで視力を奪います。何も見えない中で身体を刻まれる恐怖を――」 「待ってサーラ。長官のセリフと混ざったせいで、君まで僕に殺意を向けてるように聞こえる」  その頃になって、シンジャエールの視線がサーラに向けられた。すると目の色が変わる。これまでの見下すものから、獲物を狩るような迫力が混ざりだした。 「ところで、その女は何者だ? そんな者は記録に無い。そもそも女囚はよそへ送られるハズだが」 「彼女は、その、地下に隠れてて。僕が助けてあげたと言うか……」 「また下手な嘘を……。怪しいなぁ、この女。誠に怪しいなぁ。逃走劇の直後、居るはずのない美女が現れたとは。これは取り調べを免れんよ。私自らの手で、隅から隅までジックリ調べてやらんとなぁ?」  シンジャーエルが汚らしく嘲笑う。すると、辺りに不穏な気配が満ち溢れた。これまでとは異質で、猛々しい殺気が感じられる。それは大型獣が獲物を狩る時に発するものと似ていた。 「ティベリス様。魔族の気配がします。ご注意ください」 「もしかして、シンジャエールが?」 「はい、補足されています。キッカケ1つで感化するものかと」 「ヤバいな。どうにかして止めないと……!」 「そこの女、喜びたまえよ。しばらくの間、夜の相手をさせてやる。それこそ連日連夜、私が飽きるまでネットリと」 「それ以上はダメだ、長官!」 「フッフッフ、想像するだけで辛抱たまらんわ。休む間もなく、ひたすら前に後ろに。さながら手漕(てこ)きボートを操るかの様になぁ!」 「ティベリス様。不適切な言葉を確認しました。感化が始まります」  素早く反応したティベリスは、これまで背負い続けた衛兵を壁際に寝かせた。そして聖剣を構えて叫ぶ。 「皆、そこから離れて! 魔族が!」   「てっ、テコ……。コキ、コキコキキィーーッ!!」  シンジャエールは叫ぶとともに、身体を大きく歪めた。しかし今度は獣の形ではない。人だ。さらには性別の壁すらも超えて、女性の姿に変化していた。
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