第4話 仕様なら仕方ない

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「えっ、これも魔獣なの……?」 「ティベリス様。こちらは二階級魔族(グラード・ドゥーエ)のエビルダンサーと呼ばれる魔族です。人型なので知性がある分、トカゲよりも厄介かと」 「やりにくいな、人間と変わらない姿だなんて」 「お覚悟を。慈悲の心など不要です」  エビルダンサーは両脇を見せつける姿勢になると、大きな胸を揺らした。胸元の開いた際どい服装も手伝って、効果は十二分だ。居合わせた者の多くは視線が釘付けとなり、中には失神して倒れる者まで現れた。  特に倒れた方は悲惨だ。意識を失うだけでは済まず、その全身が石化させられてしまう。その石像から1つずつ浮き上がった光球が、宙空に集められた。そして、エビルダンサーの方へ引き寄せられたかと思うと、口の中に吸い込まれてしまった。 「うふふふ。下賤(げせん)なニンゲンでも、魔力の味は上々。悪くないねぇ」 「ティベリス様。この魔族、見た目は妖艶なデカチチ女でも、強い力を持った敵です。戦わねば殺されてしまいます」 「分かってる。それと、もう少し言葉を選んで」 「来ます。強い敵意が向けられました」 「うふふ。まさか聖剣のボウヤが居るだなんてね。お前はどんな味がするかな、渋い甘い、淡白濃厚。どうだろうねぇ?」  エビルダンサーの瞳が赤く煌めく。猛烈な殺意がティベリスの肌を打った。 「がっつり焼き殺してから堪能してやるよ! 獄炎壁(フレイムウォール)!」  ティベリスの身体を激しい業火が包み込む。すると、凄まじい熱が熱風を生んだ。その暴風は坑内で行き場を無くし、出口を求めて荒れ狂う。傍観者たちは壁や岩にしがみつく事で、ようやく吹き飛ばされる事を免れた。 「アーーッハッハ、他愛もない。聖剣遣いといえど、しょせんはこの程度かい。語り継がれる伝説なんて、しょせんは夢物語。何かと話が盛られるからねぇ」 「勝ち誇るのはまだ早いよ!」 「何!?」  ティベリスは、荒れ狂う獄炎の壁を突き破って飛び出した。すでに剣は振りかぶった状態だ。  間合いに入って振り下ろす。魔人を袈裟斬りに一刀両断だ。 「バカな。あれだけの炎に耐えるだなんて……!」     それが最期の台詞だった。致命傷を受けたエビルダンサーは、衣服の全てを四散させて丸裸になった。別の意味で危険な状態だ。  幸いだったのは発光した事だ。傷口から吹き出した純白の光が辺りに四散しては、胸の先端などを辛うじてカバー。やがて、全身がまばゆい程に輝いた事で、裸体の全てが晒される危機を回避した。 「ふぅ……。これで倒したって事だよね」 「はい。お見事でした。先程の無礼極まる男も、デカチチに惑わされた連中も、やがて元に戻ります。不本意ですが」 「ところでさ、さっきの魔人も裸になったけど、それもまさか――」 「仕様です」 「うん知ってた。聞くまでも無かったね」 「それよりもティベリス様、安心するのは早いようです。少し嫌な予感がします」  サーラが強く睨む先には、生存者たちが居た。真っ先に立ち上がったのは囚人達で、彼らはティベリスの元へ駆け寄っては、あらん限りの賛辞を響かせた。 「すげぇ! 何だよ今の、お前メッチャ強かったんだな!」 「マジで助かったよ! トカゲの時といい、まさか2回も命を救われるなんて思わなかったぜ!」  賛辞を述べるのは囚人だけだ。衛兵たちは違う。その瞳を憎悪に染めながら、ティベリスを激しく責め立てた。 「貴様、シンジャエール様に何をした!? 剣で斬りつけただけでなく、裸にひん剥いてしまうとは……言語道断だ!」  魔族化したシンジャエールも、石化した者たちも、既に発光を終えていた。無事な姿を晒しつつ眠りこけている。元に戻れた事は喜ばしいが、一糸まとわぬ姿は大問題だった。  視界の端々で異様な光景が映る。うつ伏せに倒れるシンジャエールは、あらゆる衣服を失い、妙にツヤツヤの尻を披露してしまう。それでいて靴下だけは万全に残されているので、彼の姿は酷く目立った。  他の被害者たちも同じく丸裸。全員がうつ伏せであった事は幸いだ。1人でも仰向けであったなら、取り返しのつかない大惨事となっただろう。  それでも、この場では慰めにもならない。衛兵たちにとって、責める口実は十分にある。 「プロパー・マナーズに唾を吐く所業……。もはや労役なんぞ生ぬるい、極刑こそ相応しいわ!」 「待ってよ。信じられないと思うけど、この剣の効果なんだ。別に悪気があっての事じゃない!」 「問答無用! 者共、長官の仇だ。ティベリスを討て! このまま小僧を生かしておいては、我らが厳しく罰せられるぞ!」  衛兵たちは一斉になって、ティベリスに襲いかかった。しかしその行く手を、囚人たちが壁になって阻む。 「テメェらは何を見てやがった? バケモノになって襲いかかってきたのは、シンジャエールの方だったろ」 「そんなものは知らん。そこの女が怪しい魔法でも使ったんだろう。そうだ、そうに違いない!」 「さては保身に走りやがったな、そんなに自分が可愛いか? コイツは命の恩人なんだぞ!」 「うるさい黙れ、そこを退け! 邪魔するなら貴様らまとめて皆殺しにするぞ!」 「やってみろやクソどもが! 積年の恨みだボケェーーッ!」  衛兵と囚人が坑内で激突。その戦いは囚人たちが圧倒した。実践経験のない兵士達は、武器を持っていても、荒くれ者の憤慨には敵わなかった。 「テメェは毎日毎日、クセの強い声で怒鳴りやがって! 耳障りだったぞボケ!」 「薄汚い手を離せ、囚人の分際で!」 「でかい声で鳴いてみろ、この野郎。いつもの号令みてぇに汚らしくよぉ?」 「やめろ貴様、アォォン! これ以上罪を重ねるなアンンン!」  囚人たちは、衛兵の背に馬乗りになる事で制圧してみせた。定期的に尻を引っ叩くという、継続ダメージを加える事も忘れない。  そうして戦況が定まったところで、オースチンが告げた。 「行けよティベリス。ここはオレ達に任せろ」 「でも、僕を逃がしたりしたら、皆が大変なことに……」 「オレ達は平気さ、どうせ刑期が延びるくらいで済む。だが無期労役のお前は後が無い。本当に首を飛ばされちまう」  極刑という末路には、さすがのティベリスも青ざめた。胸の奥から、何か不快なものが込み上げてくる。  すると、あちこちから囚人が怒鳴った。衛兵に馬乗りするという、勇ましい姿を見せつけながら。   「何やってんだ度胸アニキ、お前はさっさと逃げろ!」 「オレ達の事は気にすんなよ。命の恩人に筋を通してるだけだからよ!」 「聞いたかティベリス。皆の気持ちは一緒だ。オレ達の気持ちを無駄にすんじゃねぇぞ」 「ありがとう……、僕はみんなの事を決して忘れないーー」 「いつまでウダウダやってんだ、ホラ行けよ。振り向かないで走れ!」  ティベリスはオースチンに力強く背中を押された。それをキッカケに全力で駆け出した。長い坂を登り、鉱山口から念願の地上へ。  彼を出迎えたのは夜空だ。青く美しい満月、星くずの光、そして澄みきった空気。それらを肌で感じた瞬間、背筋が震えるほどの感激が突き抜けていく。  しかし堪能する暇はない。ひたすら逃げの一手。木々の間を駆け抜けて、息が切れても駆け続けて、森の奥深くまで。彼らが立ち止まったのは、小一時間ほど逃げた後だった。 「はぁ、はぁ……ここまで来たら、さすがに安全かな」 「はい。付近から敵意は感じられません。当面の危険は心配ないかと」 「ここで休もう。もうヘトヘトだよ」 「お休みの前にこちらを。今度こそ受け取って貰えますか?」  サーラが差し出したのは聖剣の鞘だ。微笑みを浮かべつつ、両手で恭しく捧げるものの、瞳にかすかな不安が入り混じる。心なしか、手も小さく震えているようだった。  ティベリスは鞘を静かに受け取ると、ベルトで背中に固定した。聖剣の収まりも良い。 「今更、君に台座へ帰れなんて言わないよ」 「その言葉を信じてもよろしいですか?」 「もちろんだよ。だけど僕は逃亡者になってしまった。これから大変な毎日になると思う。それでも良いなら、よろしく頼むよ」 「はい、微力ながらお手伝いします。これから魔族を討って討って、討ちまくりましょう」 「そこまで過激な暮らしは勘弁だけどね!?」  こうしてティベリスはサーラとともに、長い長い旅に出た。恐るべき魔族を討ち滅ぼすという聖剣を、背中に背負いつつ。  果たして彼は光の戦士か、それとも破滅的なドスケベか。世界は遠からず、真相を知る事になる。
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