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それからはお互いに事情を説明した。助けた父娘は行商人で、次の町に移動するところだったと言う。ティベリスが同行を頼むと、快く承諾してくれた。
こうしてティベリスたちは、幌馬車へとのりこんだ。気絶したままの父親とともに。
「へぇ。君たちは行商人で、モモトフの町に向かう途中だったんだ」
「はい。本当なら街道沿いに大回りする予定だったのですが、約束の期日に遅れそうだったので」
娘が馬のたづなを操りながら言った。じつに手慣れたもので、長らく行商人を続けた証だった。
「それにしても剣士様。こんなものがお礼で、本当によろしいのでしょうか?」
「うん。僕たちは移動手段を探しててね。乗せてくれるだけで大助かりだよ」
「それにあの盗賊たち。放っておいて良かったのですか? 騎士団につきだしたら、千ディナくらいの報奨金はもらえたと思いますが」
「う、うん。馬車にこれ以上は乗せられないし。盗賊たちも裸じゃ悪さもできないだろうし、これで良かったと思う。ねぇサーラ?」
「我々には少し事情があります。騎士団に関わっている場合ではないのです。あの低俗で、聖剣を敬わぬような愚者共とは」
「あはは。よく分かりませんが、騎士がお嫌いですか? 私もあまり好きじゃありません。行商人なので、助けてもらう事もありますが、すごく横柄ですしね」
「そんなところです。余計な詮索は無用ですので、アナタはきっちりとモモトフまで向かってください」
「はい、もちろんです。お任せください!」
馬車による移動は快適だった。がたがたと揺れる事さえ目をつぶれば、平穏そのものだった。やがて森を抜けて、大街道に出ると、それすらもなくなった。あとは平坦な道を行くだけだ。
順調に馬車が走るなか、ティベリスは幌の中から付近の様子をうかがった。
「さてと。ここからが本番だよね。騎馬隊に見つからないと良いけど」
「ご心配なく。最悪の場合、魔法で撃滅する事も可能です。ティベリス様が逮捕される事はありません」
「色々とまずいでしょ。なるべく穏便にいきたいけど」
その時、道の向こうに騎兵の姿が見えた。騎馬隊だ。それらは足並みを早めて、猛然とこちらに迫ってくる。
「どうしよう。やつらが来たよ」
「しかたありません、迎撃魔法を射ちましょう。私の衣服を犠牲にして」
「それは困るってば。他にアイディアはない?」
「ふむ……。ならばこうしましょう。ご起立ください。そして身じろぎしないよう」
「えっ、何するの?」
「もう一度言います。身じろぎは厳禁です」
そう話すうちに騎兵が追いついた。総勢10騎が、幌馬車を取り囲んでしまう。
「そこの馬車とまれ、第2騎士団だ」
その言葉で、ティベリスの乗る馬車が止まった。
まず娘が馬車をおり、騎兵と話をした。行き先はモモトフの町、許可証もある、そんなやり取りが交わされた。
「念の為、荷物も見せてもらうぞ」
「はい、もちろんです。ただし、父が眠っているのと、旅の剣士様が……」
「剣士だと? それは怪しいな」
とたんに空気が張り詰めていく。警戒を強めた騎士が、馬車の口の方へ回る。利き手を剣の柄に添えて、いつでも抜ける態勢になった。
「聞け、馬車の中の剣士よ。下手に動くと命は無いと思え」
騎士の1人が馬車の中に乗り込んだ。そこで彼は、信じられないものを見た。
確かに馬車には1人の剣士がただずんでいた。立派な剣を背負っている。しかしどこかチグハグだ。
首から上は長い金髪の美しい女性。胴体は筋肉質で青年的なチュニック姿であるのに、突き出た胸はローブ生地に包まれている。腰から下はやわらかなフトモモがむき出しなのに、スネから下だけは無骨で、古傷も目立つ。
まるで別々のパズルを組み合わせたかのようで、違和感は強烈だった。自分の目が信じられない騎士は、何度も繰り返しまばたきをした。
「ええと、貴様が、旅の剣士か?」
「そうですが。何か問題でも?」
「問題があると言えば、あるが……何だこれは!?」
実はこの姿、ティベリスにサーラが物理的に重なったものだ。精霊の身体は透過するという性質を活かし、ティベリスの姿を、彼女の身体をもって隠そうとした。
しかし絶妙にずれている。そのため、サーラの姿にティベリスの要素が混ざるという、ささやかな悲劇が起きてしまった。
「何でしょう、人の身体をジロジロみて。発情期ですか?」
「ち、違うぞ! 名門騎士たる私が、プロパー・マナーズに抵触する訳があるか」
「ならば、つつしんでください。騎士道にもとる事がないように」
「うむむ……。貴様は剣士なのだな。名はなんという?」
「私はさすらいの美少女剣士、その名もティ――」
ティベリスの名前はまずい。とっさに口をつぐんだサーラは、どうにか取り繕った。
「さすらいの美少女剣士、ティン子です」
とっさの言葉にしてもひどい。もう少し何とかならないかと、ティベリスは思う。
「聞かない名前だ……。こんな見た目のヤツ、すぐに噂になりそうなものだが」
「ところで、一体何の用ですか。そろそろ足止めする理由を聞かせてもらえます?」
「いや、うん。ティン子とやら、行ってよし。モモトフで騒ぎを起こすなよ」
そうして騎士は、首を左右にひねる姿を見せつつも、騎馬隊と共にいずこかへと走り去っていった。後にこの一件は、騎士団の中で怪談話として語り継がれるのだが、それはまた別の話だ。
ティベリス達を乗せた馬車も、モモトフへ向かって動き出した。この時になって、ようやく警戒を緩めた。
「ティベリス様、もう大丈夫です。おつかれさまでした。穏便にかたづける事ができました」
「ふぅ……。何だか凄いことになったな」
「どうでしたか、私の中に入った気分は」
「こわかった。だって目の裏側とか見えるんだもん。2度とやりたくない」
それからは、彼らを邪魔するものは無かった。モモトフ郊外まで行くと、門番に止められたのだが、行商許可証を見せるだけで通過できた。
そしてティベリス達は、モモトフの町におりたった。行商人親子とも、そこで別れだ。
「ティン子様、お供の方、危うい所をお世話になりました。このご恩はけっして忘れません」
「う、うん。たいした事してないよ。忘れてくれてかまわない」
「それにしても、男性かと思ってました。まさか女性とは思わず……」
「うん。そこも含めて忘れちゃっていいから」
ティベリスはサーラを引き連れて、そそくさと立ち去った。そして路地裏まで来たところで、足をとめた。身体の深いところから、どっと疲れが込み上げてくる。
「あぁ、やっと落ち着けた気分。今日もいろいろあったな……」
「ティベリス様。この町は安全なようです。見たとおり、のどかで、敵意が感じられません」
そう告げるサーラは、実体化した両足で石畳のうえに立っている。町なかで浮遊する姿は目立つ。ティベリスが忠告する前に、自ら判断した結果だった。
「それでも長居はできないよね。用事を済ませたら立ち去ろうか」
「用事とは?」
「これだよ。依頼が途中だったんだ。期日は今日までだから、ギリギリ間に合ったね」
「期日……ですか?」
「うん、そうそう。じつはちょっと気になってたんだ。遅れなくて良かったよ」
ティベリスは腰から小袋を取り出した。鉱山送りになる前、王都の仕事で受け取った代金の一部だ。
それからは意気揚々とギルドへ向かった。ティベリスの軽い足取りを眺めつつ、サーラは思う。
(この期に及んで、依頼を気にかけるだなんて。面白い人……)
思いはしても口には出さなかった。いつもの微笑みよりも目尻を下げながら、ティベリスの後を歩いていった。
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