僕だけが知る彼女

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僕だけが知る彼女

 殆どの生徒が、中学卒業後の進路が確定していた時期、進路指導の先生が彼女と話しているのを偶然聞いてしまったことがきっかけだった。  誰もが羨む彼女の家庭環境は複雑で、高校進学はせずに就職をするという話だった。  進学せずに就職をする同級生は数名知っているが、まさか彼女もだったとは予想外だった。優秀な彼女は、指定校推薦でいち早く入学が決まったと、風の噂で聞いていたからだ。  二人になる機会にそれとなく理由を聞いてみると、彼女は眉間に皺を寄せ唇をギュッと噛み締めた。 「私、四月に引っ越すの。そこで働いて、自立したいの。自分で自分を食わせていくの。」  まるで自分に言い聞かせるように、彼女の大きな黒目は一点を見つめた。  「早く成人したい。」  それが彼女の口癖だった。  三月が終わるまでの殆どを、二人公園で過ごした。  スマホを持たない彼女との約束は、専ら口約束で、急に予定が変わった日には前日の夜や当日の朝一に、公園の遊具にメモを貼り付けた。  彼女はジャングル、僕はブランコで学校行事のこと、部活のこと、友達のこと等たわい無い話をした。  そして、彼女の事情のことも。  僕が彼女の家族に何かを言ったところで、彼女が遠くに行ってしまうことや事情は変えられないし、彼女も望んでいない。  身勝手な想いをそっと閉じ込めた。
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