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友達 side円居翔
「……は?だっる」
「どうかした?」
「凪音だよ。パシられたんだけど」
「あはは、相変わらずだね〜」
代わり映えのしない世界。昼休み。教室。クラスメイト。空。空気。温度。音。匂い。
「どうせ俺達も今から購買行くんだし、ついでに届けてあげようよ」
「めんどくさいな。なんなんだ、アイツ」
その中でも見ていて飽きないのが、幼馴染の佐々木鳴海(ささきなるみ)とその弟の凪音だ。俺と鳴海は小さい頃から一緒にいたが、凪音はそんな俺達を後ろから必死に追いかけてたっけなぁ。
「ねぇ、凪音が小さい頃、川で溺れちゃったことあったじゃん?」
「急になんだよ」
「そのとき鳴海がさ、一番早く飛び込んで助けて、ずーっと凪音のこと、抱き締めてあげてたでしょ?」
「だから、それがなんだよ」
「鳴海のそういうとこ、好きだなって話」
「……はぁぁッ。なんなのお前。調子狂う」
そう言って不愉快そうに頭を搔いた鳴海は、舌打ちをして俺の腕を引き、先を歩いていった。その手はゴツゴツしていて、大きくて。もう昔みたいな小さい手じゃないんだなぁと思った瞬間、自然と乾いた笑みが浮かび上がった。
「……だって、伝えたいことは早く伝えないと、いなくなっちゃうじゃん」
「そうだな」
「もう見たくないんだよ。目の前で人が消えるの。あんな一瞬でいなくなるなんて、やだよ。鳴海までいなくなったら、おれ、っ!」
「__こっち見ろ。翔」
グッと手首を引かれて、気が付いた。
嗚呼、また堕ちてたかな。
ごめんね、鳴海。
「何ヘラヘラ笑ってんだよ」
「んー、またやっちゃったかぁって」
「周りに誰もいねぇから大丈夫だろ。てか、また切ったな?」
「……覚えてないや。母さんに叩き起されたらこうなってたし」
「あんま心配させんなよ?おばさん、この前俺ん家来て、お袋に泣いて話してたぞ」
「うっそ。それはほんとにごめん」
「まぁ、お袋も話して楽になってるぽいからいいけど。つうか、早く行くぞ。昼休みなくなる」
そう言って先を歩き出した鳴海の後を、俺も慌てて追いかけた。
手首の傷跡は、ちゃんと隠してね。
*
「ほらほら、喧嘩はその辺にしてね」
「……え、先輩?」
ご注文通りの品を凪音の教室に届けに行けば、必然的に始まる兄弟喧嘩。基、じゃれあいに俺が笑みを零すと同時に聞こえてきたその声は、どこか歓喜の音を滲ませているようだった。
「あれ、和真って凪音の友達だったの?」
「は、はい。てか先輩こそ、凪音と?」
「鳴海と凪音は幼馴染だよ」
「そうなんすね」
でもそっか、なるほどねぇ。
少し意外な組み合わせにびっくりもしたけど、もう一人の羽柴夏樹って子を見て分かった。この子が2人の緩和剤か。たぶんだけど、凪音と和真だけだったらここまで仲良くなってないんだろうなぁ。
不思議な縁もあるものだ、と一人ごちていたら不意に肩を叩かれ、そっと目線を上げる。
「帰るぞ」
そこにはやっぱり、予想通りの人物が立っていたが、なぜか片手に見覚えのない紙パックの苺みるくが2つあって首を傾げた。
「自販機で買ったら2本当たったから、2人にあげる。俺、3本も飲まねぇし」
「え、ありがとう凪音。優しいね」
「クソ兄貴と違ってな」
「一言多いんだよクソガキ」
「ッだァ!し、し、しぬ、むりしぬ」
「じゃあ、お邪魔しました。またね和真」
「は、はい!……って、え、帰んの?」
「ねえなにこれ。今何が起こった?凪音死んだ?やっぱ死んだ!?」
「まじで、しぬ、ぐわんぐわんする」
「嘘だろ凪音!おい、凪音ォ!……てかお前はシュンってしてんじゃねぇよ、少しは凪音の身を案じろバカ」
「今先輩の余韻に浸ってるから黙れねぇ?」
「お前が黙れねぇかな」
ほんっとに面白いなぁ。
和真も凪音も、夏樹くんも鳴海もみんな。
教室を出ても少しだけ聞こえてくる3人の声に名残惜しさを感じながら、俺達は2年生の階へと続く階段を登っていった。
教室に着いてから、ようやく自分達の昼食を食べ始めると、俺はずっと面白かったうちのもう1つの話をする為に口を開いた。
「ねぇ、鳴海」
「ん?」
スマホ片手にえびアボカドサンドを頬張る鳴海の口の端に、ソースがついてるのを見つけて思わず笑ってしまったが。俺はそれを片手で拭って、拭くのも面倒だなとそのまま口に含んで驚いた。
「なにこれ。美味しい」
「食ったことねぇの?」
「うん。ちょっと交換しよ」
「え、俺きのこ嫌いなんだが」
「黙って食べなよ」
「はぁ?」
文句を言いつつ、俺から渡されたキノコピザパンを食べる鳴海。
うん、次からこれにしようと満足した俺が鳴海のパンを返すと、光の速さで俺のパンも返されてしまった。ネズミみたいな齧り後しかないが、凄く顔色が悪い。あぁ、そっか。匂いからダメだったね。
「ごめんごめん。チーズ乗ってるからいけると思ったんだけど」
「しね。ほんとしね」
「鳴海に勝ちたいなら、きのこ用意しなって凪音に伝えとこうかな」
「……勝手にしろ」
疲れた表情の鳴海がふと眼鏡を外し、それを机の上に置く。そのまま気だるそうに髪をかきあげながら、凪音がくれた苺みるくを吸う姿を見て、本題を思い出した。
「さっきの話なんだけどね」
「これじゃねぇのかよ」
「うん。鳴海のせいで逸れた」
「は?意味わかんね」
「うん、でさ」
尚も不服そうな鳴海だったが、俺が机に置かれた彼の眼鏡をいじりだした姿を視界に捕えると、諦めて聞く体勢に入ることにしたようで、それがちょっとおかしかった。
「ふふ、ここの自販機に当たり付きなんてあったけ?って思ってさ」
「……あー、ないな」
「じゃあ、凪音の照れ隠しだって思ったら可愛くない?」
「別にどうも思わないだろ」
「違うよ。ぜーんぶ昔、鳴海にされたこと、鳴海がしてたこと真似してんの、無意識に。だったら可愛いでしょ」
「……キモイわ」
「うそつけ。ブラコン」
「うっせぇボケ」
「妹だったらどうしてたんだっけ?」
「殺してた」
「あはは、なんでそんな女嫌いになっちゃったの?俺、理由知らないんだよなぁ。教えてくれないし」
「言わねぇよ。必要ねぇし」
「えー?」
たぶん、だけど。
鳴海の女嫌いは、あの人のせいで。
あの人は、彼奴の母親で。
鳴海はずっと隠し通すつもりなんだろうな。
でもね?鳴海。あの人に会ってから、鳴海が少しおかしくなったこと。
俺はよく、覚えてるんだ。
彼奴にも俺にも言えなくて、でも彼奴が勘づいちゃって、鳴海は不器用だからキツい言い方でもしたのかな。
だからずっと、俺のせいだって言ってたんだよね。今もそう、思ってるんだろうけど。
「ねぇ、鳴海」
俺じゃ頼りないからさ。
早く、鳴海が頼れる人見つけてよ。
そう願いながら彼の首元に伸ばした右手は、彼の手によって強く弾かれてしまう。
「っ、さわんなッ」
「……じゃあ、ちゃんと隠して?俺は何も言わないから、鳴海がしないなら、そのぐらいさせてよ」
もう二度と、
この手で掴み損ねることがないように。
「……わ、かった、から」
「うん。ありがと」
鳴海だけは、守りたいと思った。
それはきっと、幼馴染としてだけどさ。
鳴海もきっと、そう思ってるから。
だから俺は、すっかり食欲も失せて俯いてしまった鳴海の頭を撫でて、静かに飲み物を吸うだけの姿を眺めることに徹する。
たとえその首元に締められたような跡が残っていようとも、俺は絶対、鳴海に聞かないと決めたんだ。
だって、たぶん、全部知ったら、鳴海は彼奴みたいに__いなくなるに決まってるから。
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