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5決意
「もしかして……」
しかし、どうやら運命は私の方に向いているらしい。私はクラスメイトの女子より一歩リードしていた。初対面だと言っていたが「もしかして……」に続く言葉は決まっている。
「もしかして、今朝、電車で会いましたか?」
「いや、それは僕のセリフです」
あまりにも浮かれすぎて、もはや心の声が口から駄々洩れだ。私の言葉に対して、転校生が冷静に突っ込みを入れる。クラスの女子は、私の発言に戸惑いながらも静かに私たちの会話を聞いている。私はその沈黙が耐えられなかったが、これ以上の失言をするまいと口を閉じた。恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい。私の前の席からは親友の小さな笑い声がしている。
しばらくの沈黙後、時間にして一分もなかったが、やけに長く感じた。教室内に気まずい空気が流れる中、転校生は何やら考え込んでいたが、何か思い出したかのようにあごから手を離して、私の顔をじっと見てつぶやく。メガネ男子に見つめられてはこちらも見つめ返すしかない。私の視線に負けた目黒君は、ついと視線を逸らして話し出す。
「そういえば、今朝の電車ですごい勢いで僕を睨んでくる人がいたのを思い出しました。それがあなただったんですね。目が合って頭を下げられましたけど、まさか、同じクラスだったなんて驚きました」
「他人を睨みつけるなんて、酷いことする人もいるものねえ」
ぼそりと親友の声が聞こえたが、無視して構わない。睨んでいたからこそ、転校生に私のことを覚えてもらえた。良い方に考えることにしよう。
「ということは、初対面ではなかったということ?」
「睨んでいたというのは微妙だけど、これは確かに運命的な出会いかも」
気まずくなっていた教室の空気が一気に和やかなものになる。クラスの女子にも運命的な出会いなんて言われたら、うれしくて踊りたくなってしまう。とはいえ、ここは教室なので、身体が動きそうになるのをぐっとこらえて足に力を入れる。
「電車で会ったのは間違いないけど、私は目黒君を睨んではいないよ。ただメガネが似合うなあって見ていただけだよ。私、そこまで目つき悪くないでしょ……」
『睨まれていたから覚えられた』とはいえ、睨まれていたというのは心外なので一応、訂正は入れておく。
「いえ、僕は人の顔を覚えるのは得意ですから、間違いはないと思います。見ていたというより、睨まれていた、というのが合っている気がします」
なんてことだ。自分を睨む人間をどうやって好きになるというのか。運命の神様は私に味方してくれるのか、してくれないのか。
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