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「そ、それについては、誤解があるようだから、しっかりとはなしあ」
「そろそろ授業が始まるから席につけー」
私たちの会話の邪魔をしたのは、数学の日好先生だった。教室の前の扉から入ってきた先の言葉に、転校生を囲っていた女子たちがしぶしぶ自分の席に着く。
「授業を始めます」
『お願いします』
授業始めの挨拶があり、数学の授業が始まった。日好先生が黒板に数式を書いて説明していく。それをぼんやり眺めながら、日好先生のメガネ姿を考える。
今までは日好先生が一番タイプのメガネ男だったが、それが昨日をもって覆された。とはいえ、日好先生もなかなかにメガネ美男子である。転校生と同じ一重だが、こちらは丸いレンズでこれはこれで素敵で似合っている。
「素晴らしきかな、メガネ男子」
「メガネなんて、いいことないと思うけどな」
ぼそりとつぶやいたのは、親友ではなく隣の転校生だった。メガネの苦労は親友のみさとからも良く聞かされているが、彼もまた、苦労人ということだろうか。
「でも私は、メガネをかけている男子が好」
「それって、価値観の押し付けでしょ。日好さんはメガネをかけたことがないの?視力が悪くてメガネをかけている人なら、その苦労、わかると思うんだけど」
転校生の目黒君は、私の発言をきちんと拾ってくれるらしい。独り言に近い言葉にもきちんと返事をくれる。しかし、その言葉はだいぶ辛らつだ。私たちは日好先生に聞こえないように小さな声で会話する。
「メガネの苦労……」
彼の言葉で、あるアイデアが頭に浮かぶ。つまり、メガネの苦労を知れば、目黒君と親しくなれるということだ。
「私も明日からメガネ女子になります!」
思い立ったら、行動あるのみ。私は席を立ち、堂々と転校生の目黒君に宣言する。
「おい、日好。授業中は静かにするように。あと、目が悪くないのにメガネはかけなくよろしい」
宣言する時間がまずかった。今が授業中だったことをすっかり忘れていた。日好先生に睨まれるが、私にとってそれはご褒美でしかない。クラス中が笑い声に包まれる。
「怒られているんだぞ、日好。そのだらしない顔はやめなさい!」
「はい、先生。これからは気をつけます」
「メガネ女子って、なんだよ……」
目黒君は困惑した表情でつぶやいた言葉は私の耳には届かなかった。
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