0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
4月1日はまだ春休み。5日に春休みが終わったら2年生になって、後輩から先輩と呼ばれる事になる。部活でも学校生活でも。
「相変わらずテンション低っ。朝だぞ、俺に逢ったら元気に挨拶。出来るだろ? 」
最後が疑問形なのがムカつく。朝からそのテンションにもムカつく。何で春休みなのに天真と同じ電車かって・・・・・。同じ高校で同じ部活だから。クラスも一緒。
「まぁまぁお2人さん。朝から元気っすね。爽音もう一度天真に挨拶。ハイッどうぞ」
ハイッどうぞ、じゃないでしょ。私と天真の仲を知っている人なら、逢うと言い合っているから水と油と言われる。偶然、私たちの苗字も私が水面で天真が油元。そしてもう1人のお調子者の頼の苗字は火的だ。
「3人集まるとコントだな」
私たちの関係を知る人には言われる。コントになるのは頼のせい。頼が近寄って来て話しに入ればなぜかコント。水と油も火のおかげで笑ってしまっている。
「2人とも部活だな」
頼が言うので頷く。電車到着のアナウンスが入り、小さく電車の頭が見えて来た。
「僕は端野先生に呼び出されて」
私たち水と油は、火の噓を瞬間で見抜いた。でも、瞬間のアイコンタクトで騙されているフリをした。本当は・・・・・。
「端野先生に呼び出されたって何した? 英語の補習か」
「そっす、帰りに一緒になったらいいな」
3人で電車に乗り込む。話題は2年生になったらの事、ネット情報、テレビ番組など。
3駅目で降車。改札を抜けると歩道橋まで、いつものように天真と頼が走り出す。
「ちょっとー、他の人に迷惑でしょ。やめなよ」
早足で追いついた私に天真が言う。
「迷惑かけてないけど。すいているからいつも走るんだよ。なぁ頼」
頼は頷いて天真と駆けあがっていく。何でいつも私だけ浮いた感じ、って水と油なんだから仕方ないか。火がいてくれるから、言い合っても上手くいっているんだ。
「頼、いつもありがとね」
頼がキョトンとしている。
「キモッ。何だよ急に。頼の思考停止させるな。本当は違うだろ。2人とも私がいないと駄目なんだから、とでも思っているんだろ。エイプリルフールだよな今日」
私は黙っていた。いつもなら言い返すのに。2人を追い抜きつつ、何なのよ、エイプリルフールだからって全てが嘘なんて思わないでよ、と思っていた。
水と油の言い合いを、火の熱で笑いに変えてくれるんだから。だから感謝しているのに。
校舎の脇の桜の木と向かい合っていたら、何だか涙が込み上げてきてしまった。
「ったく、桜が驚くよ。せっかく美しく咲いているのに、悲しくならないでって」
天真が握らせてくれたのは、去年の誕生日に私があげたハンカチ。私が使っていたら、同じの欲しいって言ったから。
「自分の使うから、いらない」
「あのさ、本当は使いたいんだろ。正直になれよ、今日はエイ」
エイプリルフール。そう言おうとした天真にイラッとして、ポケットからハンカチを出して見せた。そして、泣いたまま部室へ直行。
気づけ鈍感。私に貸さなくていいから。ただ天真が持ち続けて使ってくれるだけでいいの。この気持ちはエイプリルフールじゃない。
体育館で男女合同練習。人数が少ないし半面しか使えないし。ネットやボールなどを準備して準備運動。天真と目が合った。ウインクしてきた。一瞬だけ見て視線を逸らした。
レシーブの練習、トスの練習。天真は小学1年生から市のクラブに入っていたから、1・2年生の男子の中ではトップ3に入る。
休憩は15分。ちょっと外の空気を吸いたくて渡り廊下に出たら、天真が真横に立った。
もう少し離れてよ、と言おうとした私は、天真に肩を叩かれて、指さしていた方を見た。
「端野先生と頼って何? どんな関係? 」
天真がポカンと口を開けている。私は口を閉じていて視線を逸らした。
見えた英語研究室。白いカーテンが風でハラッと揺れた時の、2人の顔が近すぎる。
「爽音、いまのは何だ。恋の補習授業か」
天真がボソッと言っても笑えなかった。言った本人も動揺しているのか笑っていない。
15分直前に練習再開。何なの今の。夢でも妄想でもない。端野先生と頼の顔がぶつかりそうだった。頼が端野先生の話をする時は、とても嬉しそうだったけれど、まさかの光景が頭から離れなかった。試合中はアタックがきれいに決まって、プレーもまぁまぁだったけれど。
「頼を迎えに行くか」
頷いて階段を上がって踊り場の窓を見た私が、今度は天真の肩を叩く番が来た。
踊り場の窓から音楽室が見える。端野先生がピアノの前に座り、頼がピアノの横で笑っている。何かの話しをしているらしい。
水と油には、火が暴走しているように感じていた。とにかく迎えに行こう。
音楽室のドアが開いていた。端野先生の演奏に合わせて頼が歌っている。こんなに歌が上手かったなんて知らなかった。
頼が歌い終えて私たちを見た。天真が入ろうとしたら入れなかった。白い薄い壁が出来て、行く手を阻まれた天真が首を横に振って私を見た。
「2人とも入れないよ。端野先生と僕が2人でいる時は、誰も近づけないから」
何それ。天真は昇降口で待っていると言って私と歩いた。
昇降口から桜を見ていたら背後から声。
「ごめん遅くなって。最後は英単語のテストだったんだ」
音楽室に端野先生といたよね。それは説明しないの?
「頼、さっき音楽室にいただろ。端野先生と2人で。僕と爽音を中に入れないように壁を作ってさ」
頼がキョトンとしている。音楽室には行っていないと言い切った。これエイプリルフール?
「見たよ、爽音と一緒に」
「だから行ってないって。部活で疲れて頭ボーッとしてたんだろ。端野先生といたのは、英語研究室なんだよ」
天真が私を見る。
「そっか、頼が違うって言うのならそうだよね。今日は部活で疲れてボーッとしてたね私たち」
天真の視線は、何言ってんだよ、と言っていたが仕方がない。私と天真の幻覚だったとしておくか。頼のエイプリルフールって事か。
電車の中では、いつも通り油に水が突っ込み、火が笑いに変えながら最寄り駅まで。
改札口を出て、親の車を待ちながら呟いた。
「バイバイ、3人のエイプリルフール」
(了)
最初のコメントを投稿しよう!