水と油と火の4月1日

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 4月1日はまだ春休み。5日に春休みが終わったら2年生になって、後輩から先輩と呼ばれる事になる。部活でも学校生活でも。 「相変わらずテンション低っ。朝だぞ、俺に逢ったら元気に挨拶。出来るだろ? 」  最後が疑問形なのがムカつく。朝からそのテンションにもムカつく。何で春休みなのに天真(てんま)と同じ電車かって・・・・・。同じ高校で同じ部活だから。クラスも一緒。 「まぁまぁお2人さん。朝から元気っすね。爽音(さやね)もう一度天真に挨拶。ハイッどうぞ」  ハイッどうぞ、じゃないでしょ。私と天真の仲を知っている人なら、逢うと言い合っているから水と油と言われる。偶然、私たちの苗字も私が水面(みなも)で天真が油元(ゆもと)。そしてもう1人のお調子者の(らい)の苗字は火的(ひまと)だ。 「3人集まるとコントだな」  私たちの関係を知る人には言われる。コントになるのは頼のせい。頼が近寄って来て話しに入ればなぜかコント。水と油も火のおかげで笑ってしまっている。 「2人とも部活だな」  頼が言うので頷く。電車到着のアナウンスが入り、小さく電車の頭が見えて来た。 「僕は端野先生に呼び出されて」  私たち水と油は、火の噓を瞬間で見抜いた。でも、瞬間のアイコンタクトで騙されているフリをした。本当は・・・・・。 「端野先生に呼び出されたって何した? 英語の補習か」 「そっす、帰りに一緒になったらいいな」  3人で電車に乗り込む。話題は2年生になったらの事、ネット情報、テレビ番組など。  3駅目で降車。改札を抜けると歩道橋まで、いつものように天真と頼が走り出す。 「ちょっとー、他の人に迷惑でしょ。やめなよ」  早足で追いついた私に天真が言う。 「迷惑かけてないけど。すいているからいつも走るんだよ。なぁ頼」  頼は頷いて天真と駆けあがっていく。何でいつも私だけ浮いた感じ、って水と油なんだから仕方ないか。火がいてくれるから、言い合っても上手くいっているんだ。 「頼、いつもありがとね」  頼がキョトンとしている。 「キモッ。何だよ急に。頼の思考停止させるな。本当は違うだろ。2人とも私がいないと駄目なんだから、とでも思っているんだろ。エイプリルフールだよな今日」  私は黙っていた。いつもなら言い返すのに。2人を追い抜きつつ、何なのよ、エイプリルフールだからって全てが嘘なんて思わないでよ、と思っていた。  水と油の言い合いを、火の熱で笑いに変えてくれるんだから。だから感謝しているのに。  校舎の脇の桜の木と向かい合っていたら、何だか涙が込み上げてきてしまった。 「ったく、桜が驚くよ。せっかく美しく咲いているのに、悲しくならないでって」  天真が握らせてくれたのは、去年の誕生日に私があげたハンカチ。私が使っていたら、同じの欲しいって言ったから。 「自分の使うから、いらない」 「あのさ、本当は使いたいんだろ。正直になれよ、今日はエイ」  エイプリルフール。そう言おうとした天真にイラッとして、ポケットからハンカチを出して見せた。そして、泣いたまま部室へ直行。  気づけ鈍感。私に貸さなくていいから。ただ天真が持ち続けて使ってくれるだけでいいの。この気持ちはエイプリルフールじゃない。  体育館で男女合同練習。人数が少ないし半面しか使えないし。ネットやボールなどを準備して準備運動。天真と目が合った。ウインクしてきた。一瞬だけ見て視線を逸らした。  レシーブの練習、トスの練習。天真は小学1年生から市のクラブに入っていたから、1・2年生の男子の中ではトップ3に入る。  休憩は15分。ちょっと外の空気を吸いたくて渡り廊下に出たら、天真が真横に立った。  もう少し離れてよ、と言おうとした私は、天真に肩を叩かれて、指さしていた方を見た。 「端野先生と頼って何? どんな関係? 」  天真がポカンと口を開けている。私は口を閉じていて視線を逸らした。  見えた英語研究室。白いカーテンが風でハラッと揺れた時の、2人の顔が近すぎる。 「爽音、いまのは何だ。恋の補習授業か」  天真がボソッと言っても笑えなかった。言った本人も動揺しているのか笑っていない。   15分直前に練習再開。何なの今の。夢でも妄想でもない。端野先生と頼の顔がぶつかりそうだった。頼が端野先生の話をする時は、とても嬉しそうだったけれど、まさかの光景が頭から離れなかった。試合中はアタックがきれいに決まって、プレーもまぁまぁだったけれど。 「頼を迎えに行くか」  頷いて階段を上がって踊り場の窓を見た私が、今度は天真の肩を叩く番が来た。  踊り場の窓から音楽室が見える。端野先生がピアノの前に座り、頼がピアノの横で笑っている。何かの話しをしているらしい。  水と油には、火が暴走しているように感じていた。とにかく迎えに行こう。  音楽室のドアが開いていた。端野先生の演奏に合わせて頼が歌っている。こんなに歌が上手かったなんて知らなかった。  頼が歌い終えて私たちを見た。天真が入ろうとしたら入れなかった。白い薄い壁が出来て、行く手を阻まれた天真が首を横に振って私を見た。 「2人とも入れないよ。端野先生と僕が2人でいる時は、誰も近づけないから」  何それ。天真は昇降口で待っていると言って私と歩いた。  昇降口から桜を見ていたら背後から声。 「ごめん遅くなって。最後は英単語のテストだったんだ」  音楽室に端野先生といたよね。それは説明しないの? 「頼、さっき音楽室にいただろ。端野先生と2人で。僕と爽音(さやね)を中に入れないように壁を作ってさ」  頼がキョトンとしている。音楽室には行っていないと言い切った。これエイプリルフール? 「見たよ、爽音と一緒に」 「だから行ってないって。部活で疲れて頭ボーッとしてたんだろ。端野先生といたのは、英語研究室なんだよ」  天真が私を見る。 「そっか、頼が違うって言うのならそうだよね。今日は部活で疲れてボーッとしてたね私たち」  天真の視線は、何言ってんだよ、と言っていたが仕方がない。私と天真の幻覚だったとしておくか。頼のエイプリルフールって事か。  電車の中では、いつも通り油に水が突っ込み、火が笑いに変えながら最寄り駅まで。  改札口を出て、親の車を待ちながら呟いた。 「バイバイ、3人のエイプリルフール」                (了)  
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