彼女の星にはエイプリルフールがない

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彼女の星にはエイプリルフールがない

 愚かなる人類よ。 なに、愚かでないだと? 承認欲求を満たそうとSNSをしたり、ソシャゲのガチャに天井まで金を注ぎ込んだり、休日昼近くまで寝たり、スーパーの半額惣菜を買ったり、目覚ましを止めて寝坊したり、仕事をサボったり、くだらない口喧嘩をしたり、ブラック労働に疲れ果てたり、マウント合戦したりしないというのか、それはご立派。  言いなおそう、愚かそうで実は愚かではない人類よ。太陽系に生息する知的生命体があなた達だけでないことは把握しているな?  よろしい、第三惑星地球より遥か遠くに我々の母星、シンジーツ星はある。そのシンジーツ星より「真実の日」である本日四月一日を持って、地球を支配するよう司令を受けた。 「今日はそういう設定なの?ヒナちゃん」 「設定?なんのことだ。とにかく伝えたぞ」  ヒヒナラナ、通称ヒナはシンジーツ星の偵察員、地球で言うところのスパイだ。 今日まで地球人として地球にある高校に潜入し、任務を遂行してきた。目の前でベンチに座り、弁当なる携帯食料を食べているのは、彼氏の野村マコト。 呆れた平和ボケだ、これはいわば地球人に対する宣戦布告なのだぞ?本当のことしか言うことができない四月一日に嘘をつくのは許されないのだ、もっとあわてて警戒すればいいものを。  なりゆきで彼女というものになったが、ヒヒナラナはマコトを気に入っている。このままマコトが地球の人類その他とともに宇宙ゴミと化するのは惜しいことに思われた。 「んぐ、今日はエイプリルフールだしね〜、じゃあ俺もノっちゃお。実は俺も宇宙人なんだ」 自分も宇宙人である──  弁当を食べながら明かされた衝撃に、仁王立ちしていたヒヒナラナは固まる。 「なっ、なんだと!?」  黒より茶色な髪、白い肌、会った時から、野村マコトは整った男だった。地球人にしては容姿がいい方だとは認識していたヒヒナラナだが、地球人ではなく宇宙人だったとなると話は変わってくる。つまり、限りなくヒトに近い高度な文明を持つ宇宙人がすでに地球を支配しているということなのだ。 「そうか……地球には我々よりも高度な宇宙人がいたのだな」  残念なことにヒヒナラナの母星、シンジーツ星人はここまで完璧な擬態をすることはできない。潜入にあたってヒヒナラナがどれほど訓練を重ねたことか。  それに引き換え、マコトは宇宙人なのに地球人そのもののように馴染んでいる、恐ろしい技術だ。仮に戦っても、勝てるかどうか分からない。  ヒヒナラナは脳内通信で母星に急いで伝えた。母星は戸惑っていたがヒヒナラナが地球に宇宙人がいる可能性を訴えたことで、地球を支配するのをあきらめたようだ。 「唐揚げ、食べる?」 「……食べる」 差し出された唐揚げをヒヒナラナは頬張る。 こうして、エイプリルフールの他愛ない嘘によって世界の危機は免れたのだった。
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