いじめられてる?

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いじめられてる?

 桜の花びらがひらひらと舞い、前を歩く、尽の黄色いぼうしに着地したのをぼくは、むすっとしながらながめていた。尽と六年間ずっと同じクラスだから、つくづく思う。六年でぼうしの色ってずいぶん変わるんだな、って。  尽は、ランドセルもぼろぼろだった。通学団での登下校のあいだに、何度も寄り道をしたり、走ってよろけて田んぼに落ちたりなんてするからだ。  今年で六年生になるのに、ちっとも高学年らしくならない、尽。ぼくのランドセルをたたいてきたり、暴言をいってきたりする。通学途中のお茶のみ休憩のときなんて、班長のぼくが「もう行こう」っていってるのに、「まだ休憩したっていいだろ」っていってきかない。 「砂生、まじうぜえ。消えてくんないかな」  また、ぼくへの暴言がはじまった。  このあいだ、通学団会議があって、列の変更があった。去年の三学期のあいだは、ぼくのうしろがずっと尽だったから大変だった。やっと解放される、と思っていたのに、今回、尽はぼくの前に来た。先生に決められてしまうから、文句はいえない。でも、毎日疲れる。どうしたら、尽はぼくの話を聞いてくれるんだろう。うんざりしていたら、ひそひそ声が聞こえてきた。尽と蓮くんだ。 「なあ、もやしさ。また、ぬらしてやろうか」 「おおー。バケツ?」  尽と蓮くんは、保育園のころから仲がいい。ふたりでよくいたずらをしては、先生に叱られているのを見かけたことがある。また何かたくらんでるのかな。何をしているのかは、知らないけれど。  ぼくは、新学期の委員会決めのことで、頭がいっぱいになっていた。  五年生のとき、ぼくは図書委員をやっていた。委員をやるまでは、特別に本が好きってわけはなかったのに、やってみたらけっこう天職ってやつだったのだ。  図書室は、雨の日しかにぎやかにならない。晴れの日は、みんな校庭で遊ぶからだ。だいたいの日、図書委員は図書室でヒマしてる。本を読んだり、同じ日の委員の子とおしゃべりをしたり。だから、なんとか晴れの日でも本を借りに来てくれないかなあと思ったんだ。図書室がにぎわってたほうが楽しいし、たくさんの本が借りていかれるのを見ると、図書委員としてうれしいし。  そこで去年、ぼくが企画したイベントが「図書室チャレンジ」だ。  クラス対抗で、期間内にできるだけ本を借りて、読む。イベントの最終日に、借りた本の「タイトルのみ」で、川柳を作るんだ。でも、五文字か七文字のタイトルのみ、っていうルールはない。字余りでも、もちろんオーケー。とにかく、面白くて楽しい川柳募集!  ちなみに、ぼくが作った例は、これ。 「あらしのあと 夜が開けるまで 人形の家」 「モモ 走れ、走って逃げろ イワンのばか」 「青い鳥 王への手紙 海底二万里」  これ全部、実際にある本のタイトル。  ちなみに、一番いい川柳が作れたクラスには、人気キャラクターの貸出カードがもらえる。貸出カードの特別感からか、「図書室チャレンジ」は大盛況となった。小さな学校だけど、たくさんの人が図書室に集まった。できあがった川柳も、力作ばかりだった。  優勝は、六年生の川柳。 「ごんぎつね てぶくろを買いに 宝島」  これだ、と思って図書委員全員で決めた。でも、イベントはあまりいい結果で終わらなかった。六年生が優勝したことで、他学年からブーイングがあったのだ。上級生が勝つのは当たり前だって。だから、もしまたやるとしたら、縦割りでやろうってことになった。  クラスメイトたちからも、いろいろといわれた。 「本嫌いのやつらは、景品目当てだから、ちっとも読まずに返してたぞ」 「景品目当ての子が文句をいってくるから、川柳を意識しちゃって、読みたい本が借りられなかった」  ぼくが企画したものだったから、文句はぼくに集中した。司書の水野さんがフォローしてくれたけど、イベントのあとはかなり落ちこんでしまって、数日はあまり眠れなかった。  だから、今年はもっと全校が平等に楽しめるような企画を考えたいんだ。  次は参加賞も作って、全員に行き渡れるようにしたい。全校児童が百人くらいだから、簡単なしおりとかなら、みんなで作れるんじゃないかな。イベントはみんなで盛りあげるものだもん、これくらいはやりたいな。  まずは、委員決めで図書委員を勝ち取ることだ。地味だからって人気のない委員だし、よゆうかな。今年はどんなイベントをやろうかな。楽しみだなあ。  いよいよ、委員決めの瞬間がやってきた。  最高学年だから、去年よりも責任は重たい。でも、ぼくなら大丈夫。ぼく以上に図書委員がふさわしい人なんて、いないもん。なーんて、いいすぎ? とにかく、いきごみだけなら誰にも負けない。お願い。誰も手をあげないで。  担任の泉先生が、「はい、じゃあ……」と声をあげた。いよいよだ。 「放送委員は、これで決定ね。次は……図書委員になりたい人ー」 「はいっ」  ぼくは、誰にも負けない速さで手をあげた。びしっと背筋を伸ばして、一番目立つように。それなのに泉先生は「うーん」とうなった。 「五人か。大人気だなあ」  うそでしょ。去年は、ぼくと光輝くんだけだったのに。  ぐるりと見渡すと、ぼく以外の四人のなかに、尽と蓮くんもいた。本を読んでいるところなんて、見たことないふたりだよ。なんで、手をあげてるんだよー。  すると、後ろの席の莉子が、隣の女子とこそこそ話しだした。 「図書委員って、座ってるだけだから楽だもんね」  そんなことない。図書委員にだって、仕事はたくさんあるよ。そりゃあ、晴れの日はヒマそうにしてるかもしれないけどさ。  去年の「図書室チャレンジ」のとき、ぼくが忙しそうにしてたの、莉子だって見てたはずなのに。 「それじゃあ、五人でジャンケンしようか。五人とも、その場で手をあげて。いくよー。最初は、グー。ジャンケン……」  泉先生が、どんどんと進めていくから、ぼくはいわれるままに、手を差しだした。  出すのは、グー? それとも、パーかな。いやいや、チョキ?  頭のなかはまっ白で、とにかく勝たなきゃ、と力が入ってしまう。 「ポン!」  気づいたら、ぼくはグーを出していた。他の四人は、パー。いけない。力が入りすぎた。  負けちゃった。ぼくは、図書委員になれなかった。信じられない。急に、目の前に道がなくなってしまったようで、六年生にもなって、迷子の気分。 「では、砂生さんは座って。他になりたい委員があったら、考えておいて。あとの四人は、続けてジャンケンしようか」  泉先生の「最初はグー」の声が、やけに遠くに聞こえる。他にやりたい委員なんてない。だから、何も思いつかない。  誰かが背中をつんつんと、つついてきた。莉子だ。 「砂生。保健委員がいいんじゃない? 図書委員の次に楽だってよ」  莉子。ぼくは楽だから、図書委員を選んでるわけじゃないんだよ。そういいたかったけれど、今のぼくには莉子に笑顔で返事をするよゆうはなかった。  ぼーっとしているうちに、図書委員は尽と蓮くんに決定していた。 「次は、体育委員を決めます」 「体育委員かあ。飼育委員の次に面倒だもんなー」  廊下側の一番前に座る時也が、くちびるをとがらせてる。去年に引き続き、飼育委員になれた莉子がムッとして、立ちあがる。 「ちょっと! チョココのお世話するのの、どこが面倒なの?」 「うざっ。いちいち、マジに返してくるなよな」 「あんたが、チョココのこと、ばかにするからでしょ」 「うさぎをばかにしてるわけじゃねえよ」  ふたりのいつものいい合いがはじまる。時也と莉子はふだんは仲がいいのに、ちょっとしたことでいい合いをする。でも、ケンカをしたあとでも、すぐに普通に会話をしているからすごい。仲がいいのか悪いのか、わからない。 「はいはい。ふたりとも、その話の続きは休み時間になってからにしてね。それじゃあ、あらためて体育委員になりたい人ー」  先生が、声のボリュームを最大にする。時也と莉子のケンカが止まる代わりに、教室がざわざわしはじめた。  みんな、体育委員になりたくないんだ。去年はそんなことなかったのに。たぶん、五年のとき、体育委員だった蓮くんが、「面倒すぎる」って、ぼやいてたからだろうな。 「誰か、いませんかー?」  泉先生が、困った顔をしている。ここでぼくが手をあげれば、先生は安心するのかな。  ぼくは、図書委員にはなれなかった。もう。何になったって、いっしょだ。  ぼくは、黙って手をあげた。クラス中が、ぼくに注目する。後ろで、莉子が「本当、まじめー」と、つぶやくのが聞こえた。  二時間目と三時間目のあいだの二十分休み。ぼくは、校舎裏の花壇の前にいた。教室にいる気分にも、図書室に行く気分にも、校庭で遊ぶ気分にもなれなかった。なぜだが、どこにいたらいいのかわからなくて、ふらふら歩いているうちに、ここに来ていた。  ざわり、と低学年の教室あたりから、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。うるさいな。耳をふさいでしまった。誰かの笑い声なんて、いつもはなんとも思わないのに。ぼく、すごくいやなやつだ。 「筒井くん?」  先生たちの駐車場のほうから、司書の水野さんが歩いてくる。ぼくは花壇の前でしゃがんだまま、ひざをぎゅっとかかえこんだ。水野さんは、にこっと笑ってから、ぼくの隣にしゃがんできた。 「車に忘れものしちゃって、取りに来てたんだ。筒井くんはどうしたの。こんなところで。みんなと遊ばないの?」 「いや、今日は……いいかなって」  また、悔しさがこみあげてくる。なんとか笑おうとしたけれど、うまく笑えない。どうしても、さっきのことを思い出してしまう。  今年こそ、みんなが楽しめる企画を作りたかった。一年生から六年生の全員が「またやってほしい」っていってくれるようなことをしたかった。  それなのに、ジャンケンで負けた。ぼくが一番、図書委員をやりたかったはずなのに。  こんなことを話したら、水野さんに「子どもだね」っていわれちゃう。来年は中学生になるんだし、こんなことでふてくされてたらダメだと思う。  でも、どうやったってそんなふうには思えなくて、じわじわと熱いものがこみあげてくるのに、頭の奥がいらいらした。 「そっかあ。……あっ、そうだ。筒井くん、今年も図書委員になってくれるんでしょ?」  ずきん、と心臓がふるえる。緊張で、全身の血が凍りついてしまいそうで、水野さんの顔を見れなかった。 「筒井くん。図書室が盛りあがるようにって、いつもたくさんのことを考えてくれるでしょ。だから、わたし、いつも感謝してるの」  喉から言葉が出てこなくて、ただうつむいていた。そんなことをいわないで。だって、ぼくはもう、体育委員になっちゃったんだ。  頭のなかがめちゃくちゃで、色んな感情がぶつかりあっていて、叫びだしそうになるのを必死でこらえた。 「あの……筒井くん。だいじょうぶ? もしかして、具合悪いの?」  ぼくはぶんぶんと首を振って、立ちあがる。水野さんに、ぺこっと頭を下げると、昇降口へと走り出した。後ろから、水野さんが何かをいう声が聞こえたけれど、ふり向けなかった。  ああ、やっちゃった。水野さん、逃げちゃってごめんなさい。  あと、図書委員になれなくて、ごめんなさい。 「はあ……」  ソファにどろどろと沈みながら、ぼくは大きなため息をついた。家について、ランドセルを床にほうってからのぼくは、まさしく海にただようクラゲ状態だった。 水野さんに、ひどい態度をとってしまった。通学団でも、下級生の子とうまくしゃべれなかった。てきとうな相づちしちゃってたなあ。  尽もなにかをいっていたような気がするけれど、よく覚えていない。 「ちょっと、砂生。そんなでかいため息、ある?」  お母さんがあきれたように、隣に座ってきた。 「いったい、どうしたの」 「別に、何もないよ。ため息くらい、ついたっていいじゃん」 「いや、そうかもしれないけどさ」 「じゃあ、ほっといてよ」 「でも、何もないことないでしょ。何かあったんでしょ」  お母さんの手が、ぽん、とぼくの頭のうえに置かれる。  胸のあたりが、じんわりと熱くなって、涙があふれそうになる。それをぐっとがまんすると、ぼくの口から、今日あったことがぽつぽつとこぼれていく。 「図書委員になれなかったから、ちょっと落ちこんだ」 「えっ。他にもなりたい子がいたの?」 「みんな、図書委員が楽だからって理由で、ぼく以外に四人も手をあげたの。それで、ジャンケンに負けた」 「……あんなに、今年もがんばるって、いってたのにね」  お母さんは、ぼくよりも悲しそうな顔をした。 「いいんだよ。体育委員も、がんばる」 「砂生だったら、だいじょうぶだよ。でもさ……どうしてもがんばれないことがあっても、わたしはいいんじゃないかと思うよ」  胸のあたりがざわざわする。お母さんがこういうふうに励ましてくれるのはいつものことなのに、今日はなんだかいらいらした。どうしてだかは、わからない。  図書委員をがんばったのに、体育委員をがんばらないのは、おかしいから?  お母さんは「体育委員のこと、また教えてね」といって、キッチンにもどっていった。すぐに、野菜を切る音が聞こえてくる。その音を聞きながら、ぼくはランドセルを開け、宿題を取りだした。やる気はでなかったけれど、むりやり出さなきゃ終わらない。体育委員も、同じだ。  図書委員のことは、もう忘れよう。  廊下の手洗い場で、ぼーっと手を洗う。キュッと蛇口をひねり、水を止めた。頭のなかがぼんやりとして、落ち着かない。なんだかんだと、ぼくはまだふてくされているらしい。  昨日、特活室であった代表委員会に体育委員会の委員長として、出席した。去年、委員会をがんばっていたからって、泉先生から勝手に任命されてしまったんだ。頼られてしまったら、ぼくは断れない。頼られるのは、すなおに嬉しい。  体育委員の仕事は、やっぱり図書委員とはまったく違った。  朝、学校に来たら、当番制で体育倉庫のカギを開け閉めする。雨が降って、校庭がぐちゃぐちゃのときは、昇降口に「外で遊べません」という赤旗を出したりする。運動会なんかは、体育委員の活躍がたくさんあるらしい。でも。 「どうせやるなら、図書委員長をやりたかったな」  いい加減、あきらめなくちゃと思うのに、頭は勝手に図書委員への未練ばっかり、ねちねち思い続けてる。休み時間に図書室を通りかかると、ついなかのようすをうかがってしまう。本、借りに来てくれてるかな。委員のみんなはがんばってるかな、なんて。  あー、かっこ悪い。こんなこと、もう止めなくちゃ。  今日は六時間目に、各委員会での初めての集まりがある。  スイッチを切りかえよう。ぼくは体育委員長なんだから、しっかりしなくちゃ。  四月の体育館は、去年の体育館よりもまた、空気が少しちがって見える。五年生のときの体育館よりも、六年生になってからの体育館のほうが、なんとなく小さく見える。そういえばお母さんから、「あんたまた背、伸びた?」って、いわれたっけ。  ぼくは保育園のときから、背の順はいつも一番後ろだ。五年生の三学期に入ると、さらにぐんと背が伸びた。校庭の桜の花が、去年よりも近くに見えるような気がする。  今日は風が強い。外で桜の花びらが、ひらひらと散っていくのが見える。きれいだけど、なんだか切ない。  四月が終わって、六年生の五月がはじまろうとしてる。 「では、これから体育委員会をはじめます」  体育館に五、六年が集まり、それぞれの委員会にわかれる。体育委員会は、五年生ふたり。六年生ふたりの計四人。他の委員会もこんな感じ。 ここ春待小学校は、全校児童が百人ていどの小さな学校だ。各学年も一クラスしかなく、二十人ていど。今年の一年生は、十人ほどしかいなかった。だから、委員会活動も、マンガやアニメで見るようなにぎやかさはない。 ぼくたち体育委員会は、舞台の前を陣取り、体育座りで輪になった。 「話しあいって、何するの?」  五年の西園くんが、自信なさげにひざを抱えた。はじめての委員会で、緊張してるのかな。 「えーっと、ではまず体育委員として、何かやりたいこととかありますか?」  沈黙。うーん、率直すぎたかな。  ぼくの隣には、冬威くんがじっと座っている。同じクラスの、新川冬威くん。  冬威くんは、無口だ。去年、ぼくたちが五年生のころに引っ越してきて以降、誰かと仲良く話しているところを見たことがない。  春待小学校は、ほとんどが学校の隣にある春待保育園からの付きあいだ。だから、みんな長年のつきあいといったかんじで仲がいい。すでに出来あがっているクラスの雰囲気のなかに引っ越して来たから、なかなかなじめないのはわかるけど、いまだにってなると、ちょっと心配だ。  ぼくは去年、図書委員で忙しかったから、特に冬威くんと話す機会がなかった。まともな会話はほとんどないかもしれない。うーん、気まずい。  でも、委員会はぼくたちの仕事なんだし、何か発言してもらわないと。冬威くんは無表情のまま、じっと委員会会議について書かれたプリントを見つめている。 「えっと、冬威くん。何かあるかな」 「……ポスターとかどうかな」  冬威くんがぼそりと、つぶやくようにいった。それは、外を走るトラックの走行音にかき消されてしまいそうな小ささだったけど、ぼくにはしっかりと聞こえた。 「校庭で遊ぶまえは、適度な運動をしよう、とか」 「ポスター、いいね!」  五年生のふたりが、不思議そうにぼくの顔を見つめた。 「ポスター?」  やっぱり、ふたりには聞こえなかったか。 「冬威くんが、ポスターはどうかって。休み時間に、軽く準備運動してから校庭に行くとか」 「えー。わざわざ準備運動するの……? 休み時間が減っちゃうじゃん」  五年生の結人くんが、手を頭の後ろに組んで、あぐらをかきはじめた。同じく五年生の凜くんも、特に意見はいわないものの、結人くんの隣で深くうなずいている。 「あっ、じゃあ遊び道具は大切に使いましょうとかは?」  とっさに思いついたことをいってみると、結人くんは一気に不機嫌になってしまった。 「誰かがこわしてるところなんて、見たことないよ。いちいちポスターにされたら、みんないやな気持ちなるんじゃないかなあ」  結人くんの隣で、凜くんは「だよねえ」と同意している。さっきまで自信なさげだったのに、結人くんが前に出てきはじめたら、つられたように態度が変わりはじめた。  話が全然進まない。どんなアイデアだったら、このふたりに受け入れてもらえるんだろう。  図書委員のときはいろいろな意見をいっても、みんな乗り気で、たくさんのアイデアを出してくれたなあ。去年は、楽しかったなあ。 「……あのさ。プロのプレイヤーでも、準備運動をしないとケガするんだけど」  その冬威くんの発言は、結人くんと凜くんにも聞こえるような、しっかりとした声だった。結人くんがばかにするように、首を傾げる。 「はあ? プロが準備運動しなかったくらいで、ケガするわけないじゃん」 「じっさいに、バスケの選手がウォーミングアップのシュート練習で、足首をねんざしたのがニュースになったことがあるよ。サッカーの選手も、ウォーミングアップ中に、ももを肉離れして、全治四週間のケガをしてる。ネット検索すれば、すぐに出てくるよ。つまり、プロでもケガをするってこと。どう? 日ごろからゲームばかりしているきみたちが、いきなり準備運動なしに、鬼ごっこだの、ドッヂビーだのして、ケガをしない確率がゼロだといいきれる?」  冬威くんがこんなにしゃべるところ、はじめて見た。長い前髪で表情はよく見えないけれど、もしかして、ぼくをフォローしてくれようとしてるのかな。  結人くんが、だるそうに顔をしかめている。凜くんは肩身をせまくして、うつむいてしまった。 「ええっと、たしかに遊びといっても、いちおうはからだを動かすわけだし、準備運動をしないにこしたことはないよね」  気まずい雰囲気に、ぼくはつい早口になった。話しあいの場なんだし、委員長のぼくがしっかりしないと。 「……あのさあ」  突然、結人くんがうなるようにして、冬威くんをにらみつけた。 「冬威くんってさ、いじめられてるんでしょ。なんでそんなにいろいろいってくるの? いじめられてるくせにさー」  やけくそのように、結人くんは吐き捨てた。凜くんが、結人くんの袖口をぐいっと引っぱる。冬威くんは、黙ったままだ。  たぶん、一番驚いたのは、ぼく。  冬威くんがいじめられている? どうして。  というか、ぼく、ぜんぜん知らなかった。
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