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ぼくはなにも知らない
ぼくたちが通う春待小学校は、少子化の影響からか、一クラスが十人ほどしかいない。多くても、二十人ていどだ。
だから、六年間クラス替えがない。
通学団の列も、他の学校に比べて、とても短いんだって。お母さんが、よくそういってる。
全校児童のほとんどが顔見知りだから、仲良くなくてもなんとなく、この子知ってるなあ、ってなる。
だからなのか、風のうわさがよく通りぬけていく。いつも「あの子がどうだった」、「この子は、ああだった」。他学年の話まで、つつぬけだ。
登校中の今も、三年の女子たちがうわさ話のまっさい中だ。
「六年の莉子ちゃん、三月に卒業した神代くんに告白してたんだって。でも、フラれちゃったらしいよ」
「ええ。神代くんってモテるんでしょ。莉子ちゃん、勇気あるー」
「フラれるかもしれないのに、告白なんてできないよねえ」
莉子っていうのは、ぼくと同じクラスの津島莉子だ。まさか、あの神代くんに告白してたなんて、初めて知った。神代くんは、常に学年での成績トップだった。学校の課題で出る、習字や読書感想画なんかは必ず賞を取るような、秀才。学校新聞に、神代くんの名前が何度も載っているのは、全校児童が知っていること。
そんな秀才に告白するなんて、莉子やるなあ。というよりは、莉子が恋愛をしていたことに驚きだった。
莉子とは、保育園のころから知っているような仲。六年間クラス替えのない環境だからか、春待小はクラスごとに、妙に結束力がある。
なぜだろう。さみしいような、心細いような気分になる。ずっといっしょだったクラスメイトが、ぼくよりも一歩先に、おとなになってしまったみたいな。そわそわと落ち着かない気持ち。
それにしても、莉子のこんなうわさまで流れてくるなんて、女子は恋愛話がすきだなあ。
まあ、いじめのうわさが流れてくるよりかはマシか。
「いじめ……」
「砂生ー。やっと来たか」
教室に入ったとたん、時也がかけよってきた。顔いっぱいに笑顔を浮かべて、ニヤニヤしている。
「重大発表、重大発表!」
「な、なんだよ、重大発表って」
時也はいつも、話を盛る。
砂場でちょこっと山を作ったときも、「富士山くらいでっかいの作ったぜ」といったり、給食のカレーがちょっと辛かったときも「火を吹くくらい辛かったよなあ」といってきたり。将来、お笑い芸人になりたいらしいけど、こんなに話を盛ったら先輩芸人に怒られるんじゃないかな、と心配になる。「どうせ盛ってるんだろうなあ」と先読みしてしまうから、止めたほうがいいのに。
「いったい、どうしたの」
「尊と虹子、つきあうんだってさ!」
「……え」
莉子の話を聞いたばっかりなのに。まさか今度は、他のクラスメイトが付きあうことになるなんて。
ぼくは、なんといっていいのかわからなくて、しばらく黙りこんでしまった。
「どした、ぼーぜんとして。ま、まさか、砂生。虹子のこと、好きだったのか?」
「ええ、なんでそうなるの」
「だって、何もいわないから」
「いや、ふつうにびっくりしたの。すごいな、と思ってさ」
時也は「ははっ」とおとなみたいに笑った。
「すごくなんてないだろ。付きあうとかさ、今どき、みんなやってることじゃん」
「み、みんな?」
「おれの姉ちゃんも、六年のときに同じクラスの男子と付きあってたっていってたし」
時也のお姉さんって、たしか今は中二だったっけ。
ぼくたちも、来年からは中学生なんだなあ。中学生ってだけで、一気におとなになったような響きだ。ぼくがそれになるなんて、実感ない。
みんな、六年生になったとたん、シャープペンを使いだした。ぼくは筆圧が濃いから、まだ鉛筆のままだけど。
あとは、服装。低学年のときとはどこか違う。おとなっぽい色合いになってきた。ぼくはまだ、キャラクターのついたシャツを着ている。
もしかして、六年生にもなってもまだ、小学生気分でいるのって、ぼくだけ? みんなもう準備はじめてるのって、ちょっと焦る。
いつか時也も、同じクラスの誰かと付きあったりとかするのかな。そうなったら、もう時也と春パで遊べなくなっちゃうのかも。前にお母さんと見てたドラマで、恋人同士がケンカしてたシーンがあって。
「あたしと友達、どっちが大事なわけ?」
そういって、女の人が怒ってた。
恋人は、恋人になった相手をいちばん優先しないといけない。だから、時也に恋人ができたら、もう思いっきり遊べなくなるんだ。恋人って、大変なんだなあ。今までどおりでいれたらいいのに。
でも、来年にはぼくたちは中学生になってしまう。いつまでも、小学生のままでは、いられない。
心に、大きな穴が開いたような気分。すかすかして、なんだかさむい。
窓際の一番後ろの席で冬威くんが本を読んでいた。こんなにさわがしい教室でも、静かに、おとなみたいな表情で。
誰も、冬威くんに話しかけない。いつしか、そうなってしまった。話しかけても、会話が続かないからって、時也がいっていた。
ぼくはなんで話しかけなかったんだっけ。図書委員が忙しかったから。時間がなかったから。
ぼくは冬威くんがいじめられていることを知らなかった。
あれから、ぼくは冬威くんに話しかけられないでいる。
「どうせなら春待パークで遊べばいいのに。せっかく近くに大きな公園ができたんだからさ」
お母さんがぼくに水筒をわたしながら、心配そうにいった。
「しかたないじゃん。みんながサリオで遊ぶっていうんだし」
「ひとりで行ける?」
「行けるってば」
「横断歩道は、降りて渡るんだよ。線路もね」
「わかってるー」
「おこづかい、使いすぎないでよ。ゲームもあまりハマりすぎないように!」
「はいはいー」
ぼくはヘルメットをかぶると、ぴかぴかの自転車にまたがった。お母さんに手を振って、おもいっきりこぎ出す。
今日は土曜日。時也たちと、サリオというショッピングモールで遊ぶ約束だ。しかも、親ぬき。ぼくひとりで、自転車に乗って出かける。
実をいうと、ぼくはこれまで、自転車というものを持っていなかった。友達の家に行くときも、塾に行くときも、お母さんの運転で連れていってもらっていたんだ。
実際、それでこと足りていたし、不便はなかった。
でも、いい加減、来年は中学生になるからと、ついに親が買ってくれた。
なによりの理由は、六年生になったことで、友達との遊びのはばが大きく広がったからだ。
これまでは、近所の公園や、友達の家のみだったぼくたちの遊び場。それが、最近になって、少し離れたショッピングモールや、ボウリング場、ゲームセンターなどになってきた。クラスメイト達はそこへ、気軽に自転車で出かけていく。ぼくだけ、親の車で行くなんて、恥ずかしい。
親も、そんなぼくの気持ちに気づいたのか、「ほしい? 自転車」といわれたので、ぼくは素直にうなずいたのだった。
家から十分ほどの場所にある、ハンバーガー屋の前に着いた。時也たちとの待ち合わせ場所だ。すでに、時也、莉子が来ていた。今日はこの三人で遊ぶ。
「砂生、おっそー」
「自転車、覚えたてなんだもん。しかたない、しかたない」
からかってくる時也に、莉子がフォローなのかよくわからない相づちを入れてる。ぼくは「ごめんごめん」と、慣れない手つきで自転車を押していった。
普段は親と行くショッピングモールに、友達と来るのはふしぎな気分だった。
ぼくたちはさっそく、二階の奥にあるゲームセンターに行く。田舎のショッピングモールの休日だというのに人があまりいない。特にゲームセンターは、ほとんどぼくたちの貸し切り状態だった。
「なにやるー?」
「あ! これやりたいな」
流行のクラフトゲームのキャラクターがぬいぐるみになって、クレーンゲームのなかに転がっていた。ぼくは、さっそくコインを投入する。
しかし、せっかくぬいぐるみをキャッチできても、アームはすぐにぬいぐるみを落としてしまう。
三枚コインを投入したけれど、あえなく全滅。あきらめることにした。
でも、ゲームセンターの筐体に、コインを何枚も入れても怒られないのは、すごい。ぼくの心臓は、自然とどきどきしていた。
これがおとなになるってことなのか。なんだか、悪いことをしているような気分。
ふたりは、そんなこと少しも思っていないみたいだけど。
時也は、数枚のコインで大きなぬいぐるみをゲットしていた。さわらせてもらうと、ふわふわして気持ちいい。
ひとしきり遊んだあと、三人してフードコートでクレープを買った。時也は、いちごと生クリームがたっぷりの一番高いクレープ。莉子は、ツナとレタスのクレープ。おかずみたいなクレープだな。
ぼくは、安めのバナナチョコを買った。あんまりたくさん食べるとお母さんのごはんを食べられなくなるかもしれないし。そういうと、莉子に「ふふっ」と笑われた。
「あいかわらず、まじめだねえ」
みんなは、ぼくのことをよくそういう。まじめって、いいようにも、悪いようにも聞こえる。
ぼくは「まじめ」っていわれると、お腹のあたりがもやもやする。
まじめっていわれるほど、しっかりしていない。よく、計算間違いするし。塾の成績も、一番になったことなんかない。
本物のまじめなら、いつもテストで一番じゃないといけないと思う。だから、ぼくはまじめなんかじゃない。
じゃあ、ぼくって、なんなんだろう。
バナナとチョコのクレープは、このクレープ屋で一番安いメニューだった。本物のまじめだったら、どんなメニューを頼むのかな。このお店にとって、一番の利益になりそうなメニューとか。だったら、時也が一番のまじめなのかな。時也には悪いけど、ちょっと違う気がする。
「あっ、見て。あれ、新川じゃない?」
莉子が指さしたのは、フードコートのいちばん奥。カレー屋の前に座っている、見覚えのある涼し気な表情。
「ほんとだ。冬威くんだ」
「砂生ってば、いつから名前呼び?」
「え? せっかく委員会が同じなんだし、そっちのほうがいいと思って。冬威くんも何もいわなかったからいいのかなって」
「わー。さすがだねえ。新川、親と来てんのかなー」
莉子がなにげなくいうと、クレープを口いっぱいにほおばっていた時也が、「うえっ」と身を乗り出した。
「うっそ、まじ? どこどこ? ……うわあっ、中身あふれる、やば」
あわててクレープの生地にかぶりつく時也を見て、莉子が大笑いしている。
ぼくは、フードコートのさわがしさのなか、ぽつんといる冬威くんが、親にとっての灯台であろうとしてるように見えた。それから、あのクールな冬威くんも、フードコートで家族とごはんを食べたりするんだ、なんてヘンなことを思った。
冬威くんは、めったにクラスでしゃべらない。でもだからって、冬威くんにヘンなイメージを持つのは失礼だ。冬威くんには、冬威くんの家があるんだから。
ぱく、とクレープをほおばると、ぬるりとバナナが飛びだしてくる。冬威くんだったら、どんなクレープを頼んだんだろう。
今年の太陽はとても元気で、授業中も教室の窓は全開。まだ四月後半だというのに、もうクーラーをつけてもいいんじゃないかという日が続いていた。
二時間目が終わると、二十分の休み時間だ。
蓮くんが「あっ、今日図書委員の当番だった」とあわてて教室を出ていくのが見えた。
「なあ、砂生。おれたちも図書館、行こうぜ」
「えっ」
「だってさー。クーラーついてるかもじゃん!」
時也は、ぼくの気持ちをぜんぜんわかってくれていない。そりゃあ、いまだに図書委員のことを引きずっているなんて、恥ずかしすぎて誰にもいえないけれど。
結局、断ることなんてできなくて、しかたなくぼくはのろのろと立ち上がった。
図書室は、二階の突き当たり。ぼくたちの教室のすぐそばだ。
行く気になれなかったのは、水野さんと気まずいからというのもあった。ひどい態度をとってしまった日から、なんとなくさけてしまっていた。
水野さんがいつ出勤なのか、ぼくたち児童はあまり知らない。
今日だけはいませんように。お願いします。今日だけは!
祈りながら図書室に入ると、カウンターで蓮くんが、二年生の女子から貸し出しカードを受け取っていた。
ちょっと前までは、ぼくがあそこにいた。胸がきゅ、と苦しくなる。
「あんまり涼しくないなー。教室と変わんない」
時也は、ざんねんそうにして「おれ、教室に戻るわー」と図書室を出て行った。
すると蓮くんが「ちょっとトイレ」とカウンターを出てきた。
「筒井くん、図書委員だったでしょ。誰か来るかもしれないから、ちょっとのあいだ、見ててくれない?」
走って出ていく蓮くんの背中に「ええっ」と呼びかけたけど、返事はない。
二年生の女子が出て行ていくと、図書室には誰もいなくなってしまった。
窓が開いている。蓮くんが開けたのかな。校庭から、「あちー」という叫び声が聞こえてくる。
新刊コーナーに、本が並んでいる。あ、このシリーズ、今人気なんだよね。水野さんも知ってたんだ。
そっと本を手に取ると、「あれ」と声がした。振り返ると、水野さんが図書室に入ってきたところだった。
「筒井くん。どうしたの」
どくん、と心臓がいやな音を立てた。どうしよう。水野さん、今日は出勤の日だったんだ。
「いや、蓮くんの代打というか。トイレにいくからそのあいだ、見ててっていわれて」
「そうだったんだ。ありがとうね。でも、筒井くんだったら安心安心」
ぼくは、笑った。うまく笑顔が作れたかはわからないけど。
水野さんは、貸し出しカードの整理をしはじめた。
蓮くんが戻ってくるまで、どうしよう。
「ごめんね」
手を止めることなく、水野さんがいった。なんでぼく、謝られてるんだろう。
「このあいだ、わたし、勝手なこといっちゃって」
「勝手なこと?」
「図書委員になってくれるって、勝手に思っちゃってて。筒井くんにも、他にやりたい委員があるだろうにね。泉先生から聞いたの」
水野さんは手を止めて、ぼくをまっすぐに見つめた。
「筒井くん、体育委員会に入ったんだってね。がんばってね。応援してる」
違う。水野さん、ぼく、そんなんじゃないんだよ。
「でもね、図書室のことで気がついたことがあったら、いってほしいな。別に、図書委員じゃないからって、気を使わなくていいからね。筒井くんは春小の児童なんだから、いいたいことも、やりたいことも、気にしなくていいんだから。どしどし、意見ちょうだいね。わたし、この図書室をみんなでよくしていきたいんだ」
なんと返したらいいのか悩んだ。ぼくは、春小の児童なんだから、気になったことはいえばいい。それは水野さんのいう通りだと思う。
でも、ぼくが出しゃばって、今の図書委員の迷惑になりたくない。ぼくが前に出て、ああしろ、こうしろなんていったら、へたしたら、わがままに聞こえるだろうし。
おとなしく体育委員に専念するのが、ふつうだ。
今の図書委員は、尽と蓮くんだ。
図書委員が楽だから、という理由で手をあげたふたりだけど……。
もやもやする気持ちをふり払うように、目をぎゅと、つぶる。
ぼくは水野さんに見えるようにむりやり笑顔を作って、「わかりました」とはっきり答えた。
蓮くんが戻ってきたので、逃げるように図書室を出た。
また、水野さんから逃げてしまった。ばくばくと暴れまわっている心臓をおさえつけるようにして歩いていると、誰かが手洗い場にいるのを見かけた。
冬威くんだ。保健委員が描いたポスターを見ているみたい。
「きれいに手を洗おう!」
泡だらけの両手を洗っている、シンプルなポスターだ。
体育委員会の話し合いは、けっきょくまったく進まず、タイムアップが来てしまった。
白紙のプリントを、ぼくはぼうぜんと見つめていた。
こんなに意見が噛みあわなくて、これから一年やっていけるのかな。さまざまや不安がわきおこって、全身からちからがぬけるようだった。
肺の奥から重い息を吐き出していると、後ろの飼育委員会の輪から、莉子が立ちあがった。
そういえば、代表委員もやるって手をあげてたっけ。児童の人数が多いといろいろ兼任しなくちゃいけないから大変だ。その代わり、委員長はやらなくてもいいらしい。
「意見がまとまらなかった委員会は、来週の金曜日までに学年主任の戸田先生に、プリントを提出してくださーい」
まとまりきらなかったプリントを見て、結人くんはどうでもよさそうに息をついた。
「もういいよ。六年で決めて」
「えっ。なにそれ……」
いいおわらないうちに、結人くんがぼそりとつぶやいた。
「はあ。おれ、放送委員がよかったんだよなー」
胸が、じくじくと痛みはじめる。
ぼくだって、それがいえるなら大声でいってやりたいよ。結人くんみたいに、はっきりといえたらどんなにいいか。
でも、ぼくはもう来年から中学生なんだし、きみだって次は六年生なんだからさ。うじうじするようなこというなよ。
喉まで出かかった言葉たちを、ぼくはごくりと飲みこんだ。
「みんな、委員会の仕事なんてやりたくないよ。でも、がまんしてるんだからさ」
「砂生くんはいいよな。去年も、まじめにやってたもんね。こういうこと、すきなんでしょ」
「……わかった。勝手に決めるけど、あとから文句いうなよ」
「はいはーい」
体育館からぞろぞろと出て行くみんなの背中を、ぼーっと見つめていると、背中をポンと叩かれた。体育座りしたままのぼくを立ち上がっている莉子が、急かすようにして見下ろしている。
「さっさと出さないと、先生にせっつかれるよ」
「うん……」
いつのまにかいなくなっていた冬威くんは、すでに教室に戻っていた。またおとなみたいに静かに座って、窓の外をながめていた。
冬威くんは、よく本を読んでいる。ぼくも、図書委員になって以来、本は好きだ。気があうのかもしれない。
でも、結人くんのあの話を聞いてからは、よけいに話かける勇気がなかったんだ。
今、冬威くんは保健委員が描いた手洗いのポスターをつまらなさそうに、どこかさみしそうにながめている。
ぼくは冬威くんのことを何も知らない。同じクラスなのに。
そう。同じクラスで、しかも同じ委員会なんだ。
これから、なかよくなればいい。委員会のときは、うまくいかなかったけれど、今なら。
ぼくは、ぼーっとポスターを見つめている冬威くんに「あの」と声をかけた。
「五年生があんな感じだし、ぼくたちがしっかりしないとと思ってさ。よかったら今日、いっしょに活動内容のプリント、やらない?」
「いいけど」
ぶっきらぼうにだけれど、冬威くんからいい返事がもらえて、ぼくはホッと息をつく。
「……じゃあ、おれの家、来る?」
「え、いいの?」
「うん。別に」
「冬威くんの家ってどこにあるの?」
「病院の通りぞいにあるバラ畑の家の隣」
「えっ、うちからめっちゃ近くだ。知らなかった!」
「……筒井くんってさ、自分のすきなことしか、興味がないよね」
くちびるのはしをくいっとつりあげる、冬威くん。そんなふうに笑ったところを初めて見た気がして、ぼくは驚いた。
「えっと、それってどういうこと?」
「よく、他の人から誤解されるんじゃないかと思って」
冬威くんのいうとおりぼくは、先生にぶりっ子してるとか、ええかっこしいとかっていわれることがよくある。図書室チャレンジのときも、陰でそういうことをいわれているのは知っていた。
自分が考えたことをがんばるのは楽しい。でも、一生けんめいににやると、なぜかばかにされることがある。
冬威くんも、どこかで聞いたのかもしれない。ぼくが陰口をいわれているの。
色んなことを考えすぎて、返事できないでいたら、冬威くんはさっさと話題を変えてしまった。
「何時ごろ、来る?」
「あ……何時ごろだったら、つごうがいいかな」
「何時に来てもいいよ。親は六時すぎないと帰ってこないし」
「おっけー。じゃあ、ランドセルを置いたら行くよ」
最近の遊び場は、ショッピングモールや公園ばかりだったので、友達の家に行くとことじたいが久しぶり。ちょっとうれしい。お菓子とか持っていったほうがいいよな。そうだ、昨日お父さんが会社の人からもらって来ていたアンコパイを二三個持っていこう。「こんなに食べきれない」ってお母さんも困ってたし、いいよね。
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