入学試験

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入学試験

「エルトよ、人間界を見て回れ」  重厚な玉座からこちらを見下ろすのは、この魔界を統べる魔族の王——魔王ラズガル。 「冗談を言うために呼び出したなら帰るぞ、父さん……」  そして、俺の父親でもある。 「次期魔王として見識を広げておくのだ。まさか私の後を継ぐまで魔界から一歩も出ないつもりか?」 「俺はまだ一族の力を使いこなせてない。こんな状態で父さんの後を継ぐわけには……」 「お前の力は既に幹部の域を超えている、焦ることはないだろう。そろそろ他のものを磨け、良いな?」  人間との共存を望む魔族と、魔族を滅ぼそうとする人間たち。  魔族と人間の関係は昔から変わらない。  魔族の中には人間との共存に反対する者も少なからず存在するが、一線を越え罪のない人間に自分から手を出すような真似をすれば問答無用で監獄行きだ。  それほど魔王一族が掲げる共存という理想は強固なもの。  俺もそれに反対というわけではないが、魔王幹部になった今でも正直一族や父さんがなぜそこまで共存することに拘るのか理解できない。  だから人間界を見て回れと言われても仕方のないことだろう。 「はぁ……行ってもいいけど、具体的にどこを見て回ればいいんだよ」 「自分で考えるんだな」 「……このクソジジィ……」 「分かったら早々に下がれ、バカ息子」  言われなくても。 「例の『代行者』には念のため用心することだ」 「……あぁ」  扉に向かう足を止めず背中越しに返事をする。  そして玉座の間を出ると、白髪に赤い瞳の女魔族が小さな女の子と共に、分厚い扉に耳を当てて張りつき俺を待っていた。 「あらエルト~、お話終わった~?」 「盗み聞きしてたなら分かるだろ、母さん……」 「にぃさま」   「エスト、お前も来たのか」  右脚にくっついてきたこの小さな女の子は俺たち三兄妹の末っ子、次女のエストレイアだ。  見た目は母さんそっくりだが、いつもどこかふわふわしてる母さんと違ってエストはとても大人しい。 「人間界、一人で大丈夫~? もうどこに行くか決めたの~?」 「子供扱いするな、俺今年で150だぞ。とりあえず適当に回ってみる」 「もし興味があるなら、こういうのはどう~?」  この場を去ろうとした俺を引き留めるように、母さんは一枚のチラシを見せてきた。 「……魔法学園?」  俺は思わずそのチラシを手に取った———— 「ここだな」  カーミレイ王立魔法学園。  他に旅のあてもなく、あれからすぐにオステオン大陸——通称『魔界』を出て空を飛び、大海を超えた先にあるこの最寄りの大都市にやってきた。  ここカーミレイは人間界屈指の大国で魔法技術が高いことはもちろん、人口が多いゆえ中にはごく少数だがその血を辿ると魔族に行き着くとされる『魔人』もいると聞く。  既に受験者たちが門をくぐり、続々と園内に入っている。  魔族の匂いと気配を消し、二本の角も引っ込めた——変装は完璧だ。 「さっさと試験済ませて観光にでも行くか」  門から園舎に向かって伸びる広々とした一本道を進み、玄関前の謎の人だがりを避けて階段を上る。 「——そこの坊ちゃん」  期待と不安、人間の感情は空気感に出やすいんだな。 「おい坊ちゃん!」 「あ——俺のことか?」 「そうだよあんただよ」  丸眼鏡に短髪で細身の女。  身なりや気配からして受験者じゃない、教師か。 「俺になんの用だ」 「受験票もらった? あそこで手続きして受験番号と名前が書かれたこの札を貰わないと、試験受けられないよー?」  女が指差した方向はあの謎の人だかりだった。 「あー、それで人が集まってたわけか。ややこしくないだろうな?」 「簡単よ。ついておいでー」  教師について登録所に行くと、彼女は俺に一枚の木の札を差し出した。 「はいこれ。ここがあんたの受験番号ねー。下の方にこのペンで名前書いて」  受け取った受験票はただの木の板ではなく、一種の魔道具だった。  ペンも同様、インクに魔法が込められていることが一目で分かった。   「無くさないでねー。途中でこれ無くしたらそれまでの評価パァになっちゃうから」 「それは面倒だ」  受験票に名前を書き終えた俺はそう言いながら教師にペンを返す。 「エルト……いい名前だねー。試験の内容は順番に、筆記、魔力測定、適性検査、最後に面接。筆記の会場は入って右、看板立ててあるからすぐ分かるはずよー」 「あぁ。面倒かけたな」 「気にしないでー、仕事だから。それじゃぁ頑張ってねー」  その後、筆記試験の会場に入るとすぐに解答用紙が配られ、試験が開始された。  問1:治癒魔法の基本詠唱を全文正確に記入せよ。  問2:魔法史に名を残した人物を最低3名答えよ。  おいおい……入学試験にしては問題のレベルが高くないか?  それに、魔族の俺が人間の長ったらしい詠唱や魔法の歴史なんて知るわけないだろ……!  ————ダメだ、筆記は捨てる。  結局俺は解答用紙をほとんど白紙の状態で提出することになった。  その後の魔力測定と適性検査では魔王一族であることを隠すため力を制限しつつ、白紙の解答用紙をカバーするためそれなりの実力を示しておいた。  そして迎えた面接試験———— 「どうも、面接官のエレパスと言います。エルトさん……これまでの試験結果から見て、魔法の知識は皆無ですがある程度は才能に恵まれているみたいですね」  まぁそう見えるか。  机の前で澄ました顔をして紙切れを眺めるこの男、脳みそにばかり栄養が行って魔法の実力は大したことないな。 「血族に魔法が使える者はいますか?」 「あぁ」 「具体的に誰なのか、答えられますか?」 「両親、それと妹」  一族全員なんて答えられるか。 「なるほど。ちなみにあなたは、どんな魔法が使えますか?」 「炎と氷の簡単な魔法なら」 「簡単な魔法……分かりました」 「では、休日は何をして過ごしていますか?」 「妹の遊び相手をしてる。ままごとをしたりワイバーンに乗って空を——」 「わ、ワイバーン!?」 「ん……?」  あ——まさか、人間の子供ってワイバーンに乗ったりしないのか……!? 「あーいや違う! 作り物! 魔法で作った氷像のワイバーンに乗って遊ぶだけだ! 本物のワイバーンで空を飛んだりしないぞ!」 「あ~氷像ですか……。これは失礼、とんだ早とちりでしたね……」  危ない……最後の最後にボロが出るところだった。 「それでは次、あなたが最初に魔法を習得したのはいつですか?」  生まれつき——なんて言ったら今度こそおしまいだ。  魔王一族は魔力の感覚が魔族の中でも桁違いに鋭く、生まれつき魔法が使える。  才能のある魔族なら生後数か月で、普通の魔族なら1歳~3歳で魔法が使えるようになるといったところか。  だとすると杖がなければ魔法が上手く扱えない人間は———— 「5歳くらいだったかな」 「5歳!?」  違ったか……!? 「あーいや、7歳だったか……」 「7歳!?」  筆記を捨てた俺には正解なんて分からない。 「悪い、冗談だ……12歳」 「はぁ……真面目にやってください、これは入学試験ですよ……」 「あぁ……気をつける」  それから志望理由や興味のある魔法などいくつか質問が続いたあと、エレパスは唐突に試験の終わりを告げる。 「お疲れ様でした、これにて全ての試験を終了します。合否の結果が出るまで、他の受験者と共に闘技場で待機していてください。場所はロビーに出て左、道なりに進んで行けば分かるかと思います」  部屋を後にし、面接を控えた受験者たちが待機するロビーへと出た俺は、エレパスの言う通り左へと進む。 「結局人間は何歳ごろから魔法が使えるようになるんだ……? かなり遅いみたいだが……」  するとロビーを出る間際、一人の少女が隅っこで4人の女に囲まれ罵倒される現場に遭遇する。 「学園長の娘だからって調子に乗るんじゃないわよ?」 「ねぇあなた、何でずっと顔を逸らしてるの? ちゃんとヘリドナ様を目を見なさいよ」 「どうした、揉め事か?」  香水臭い偉そうな女の後ろからそう尋ねると、彼女たちは一斉にこちらに振り向いた。 「なに、あなた」 「揉め事か?」  繰り返して尋ねる俺に女は言う。 「この女がロビーの空気を汚すから帰るよう言って聞かせてるだけよ」  女たちに囲まれるローブ姿の少女、灰色の長い髪を被っていて見えづらいがあの特徴的な紫眼——魔人だな。  気配を殺してるつもりだろうが魔力量のせいで無意味だ、少なくともその辺の人間の数十倍はある。  なるほど……十中八九この魔人はその才能を妬まれて言いがかりをつけられてるだけだろうな。 「魔人風情がこのオルニス家の私と同じ空気を吸わないでくれる? さっさと出て行ってちょうだい」 「このままだとお前らが出て行くことになりそうだぞ?」 「なんですって?」  親指で闘技場と反対方向を差し、威圧的な顔を向けてくるヘリドナとかいう女にそっちを見るよう促す。 「あれを無くしたら試験パァだって聞いたぞ?」  4人の小さな妖精が宙を舞いながらそれぞれ受験票を両手にぶら下げ、女たちを横目で見ながらクスクスと笑っている。 「はっ——何で妖精がこんなとこにいるのよ! 返しなさいっ!!」  女たちは慌ただしくその場を飛び出し、笑い声をあげて逃げる妖精たちを追いかけていった。 「オルニス家……貴族とやらは皆あんな風に偉そうなのか?」  そう呟く俺に魔人の少女はそっぽを向いた状態で言う。 「た、助けてくれてありがと……」 「俺はいたずら好きの妖精を呼んだだけだ。気にするな」 「誰も助けてくれなかったから、どうしたら良いか分からなくて……」 「また絡まれたらあの妖精を呼べばいい。多分来てくれると思うぞ」 「分かった……ありがとう」 「じゃぁ、面接頑張れよ」 「あの……名前、聞いてもいい?」 「エルトだ。そっちは」 「こ、コルネ……」 「覚えておく、また闘技場でな。先に行って結果待ちしてるぞ」  あいつ、最後までよそを向いてたな——  エルトがその場を後にしてすぐ、コルネは被っていた髪を直しながらゆっくりと顔を上げ、闘技場へと向かう彼の背中に目をやった。 「結果発表、三日後じゃなかったっけ……」  ————長い廊下を進み闘技場へと辿り着いた。  石造りの巨大な円形闘技場、俺より先に面接を済ませた奴らが数人くらい居ても良いはずだが、ステージには俺の他に誰一人いない。  代わりに観客席で8人の魔法使いが俺を囲むように潜み待機していた。  さすがに面接のあれは魔族だとバレたか……?  その直後、観客席に潜んでいた魔法使いたちが姿を現し、俺を見下ろしながら一斉に魔法を放った。  観客席の魔法使いたちを見下ろせる高さまで跳び上がって魔法を回避し、彼らの顔を一人ずつ確認する。 「予想通りか」  杖を握る魔法使いの中に面接官エレパスの姿があった。  魔法の追撃を高速の飛行魔法で水平方向に回避し、再びステージへと飛び降りる。  魔法使いたちの攻撃の手が止まった……話し合いの余地はあるということか。 「気付かなかったことにして——」 「その動き、やはり魔族でしたか! よくも我らの学園の空気を穢してくれましたね、万死に値します!」  エレパスが杖をこちらに突きつけながら声を張り上げる。  さっきも香水臭い貴族から似たような台詞を聞いた気がするな……。 「平和に学園生活を送ってみたいだけなんだが、ダメか?」 「愚門ですね——あなたは既に不合格! 我らの学園に魔族の居場所などありません!!」  エレパスの雷魔法が空から降り注ぎ、それを合図に魔法使いたちが魔法を連発し始める。 「そうか——」  ここはダメだな、他を当たるとするか。  その前に————軽い運動に付き合ってもらおう。  魔力を込めた回し蹴りで後方に衝撃波を放ち、飛んでくる無数の魔法を全て弾き返す。  攻撃ばかりに集中し俺の反撃への対処が間に合わなかった魔法使い3人は悲鳴をあげながらあっけなく観客席の崩壊に巻き込まれていく。 「もう終わりか……教師が聞いて呆れる」 「それ以上好きにはさせません——サンダーワールド!」  エレパスが魔法を唱え、俺の動きとは関係なくあちこちで耳障りな雷鳴を響かせ始める。  ただぶっ放すだけで知性の欠片もない獣のような魔法。  面接の時は知的に振る舞っていたが、魔法に本性が出ている。 「魔族は魔物であり、魔獣となんら変わりありません!」 「お前にだけは言われたくない」  俺はエレパスの雷魔法と他の魔法使い4人の攻撃を回避しながら声を張って彼らに告げる。 「そっちが人間主義で来るならこっちはお前の言う魔物らしく、弱肉強食で行かせてもらうぞ」  周囲に微弱な波動を放ち、直後にエレパスの目の前に転移する。 「なっ——!?」  観客席の塀の上に屈み、後退りしようとするエレパスの髪の毛を鷲掴みにした俺は、ぼんやりと光る二つの赤い瞳で彼を見つめる。  先程まで強気だったエレパスは別人のように慌てた様子で杖を俺の体に押し付けるが、それ以上何も起こる様子はない。 「なぜ……! なぜ魔法が出ない、魔力にはまだ余裕が……!」  それでもエレパスは俺の目の前でジタバタしながら必死に魔法で抵抗しようとする。 「魔力に余裕? 冗談だろ」 「貴様、私に何をした!」 「——魔力支配」  答えを聞いたエレパスは一瞬硬直した。 「……はっ! いや、ありえない……! それは魔王一族の……!」 「その魔王一族の一人が今お前の目の前にいるんだよ。周りを見てみろ」  知らないうちに倒れていた他の魔法使いの姿を見たエレパスの血の気が引いて行く。 「魔力の制御を奪われて何の抵抗もできないままバタバタ倒れていったぞ」 「わわわ、分かりました……! あなたが試験合格になるよう手配しましょう……! 頼む、見逃してはくれないだろうか……!」  手のひら返しか、意志が弱い……。  俺はこんな奴らを見るために人間界に来たのか……? 「もう遅い。残念だったな」  記憶消去の魔法をエレパスにかけると彼はすぐに白目を剥いて気を失った。  全身の力が抜けぬいぐるみのようにぐったりとしたエレパスの体をその場に転がし青空を見上げる。 「さて、これからどうするか……」 「——人間界に滞在するつもりなら、もう少し自重しなさい」  反対側の崩壊した観客席から女の低い声。 「これでもかなり加減してるつもりなんだが」  振り返るとガレキの向こう側には、俺を襲った魔法使いの中にはいなかった丸眼鏡に銀髪の女が魔人のコルネを連れて佇んでいた。 「私の名はアルカーサ、ここの学園長だ。娘を他の受験者から守ってくれたそうだな、感謝する」  コルネと同じ紫眼、親子だったか。  それにしてもこの女……普通じゃない。  いくら魔人とはいえ人間が魔王幹部に匹敵するほどの魔力量を持っている時点で異常だというのに、その膨大な魔力を外に漏らさないよう圧縮し体内でコントロールしている。  魔力を圧縮してコントロールするというのは、自分の手足の骨を折って小さな木箱に入った上で胸に穴を開け心臓を自らの手で動かすようなものだ。  おそらくこの女が俺の魔力支配領域の一歩手前に立っているのも偶然ではなくそれを視認しているからだろう……。  まさか人間界に魔力支配の対抗手段を持った者がいるとは驚きだ。  この女相手なら魔族だとバレても仕方がない気もするが……あの面接官にバレたのは少し癪だな。 「礼を言うためにわざわざ接触してきたのか?」 「娘を助けてもらったのだ。直接感謝を伝えたいと思うのは当然のことだろう」 「で、見逃してくれるのか?」 「去る者は追わない。ただ君が望むなら、私は学園長として君を受け入れることもできる。もちろん他の受験者同様、試験の成績を元に公正公平な選考を行い、君が合格すればの話だ」 「さっきこの学園に魔族の居場所はないって、面接官に不合格にされたんだが」 「彼にその権限はない。魔人が学園長を務めているんだ、安心してほしい」 「それもそうだな。他に行く当てもない、とりあえずお前に任せるよ」 「合否の発表は三日後だ。受験者全員に通知が届く」 「通知ならコルネの妖精に渡してくれ。俺は闘技場を修復してから一旦学園を離れる」 「闘技場なら私が直そう。君は好きに街を回るといい」 「そうか……礼を言う。コルネもな」  その名を呼ぶと、彼女は俺から少し顔を逸らし首を横に振った。  ——————そして三日後、街を散策していた俺に妖精たちが合否の通知を持ってきた。  白紙の解答用紙にボロが出た面接……散々な試験だったというのに、俺はそこに書かれた試験結果にほんの少し笑みがこぼれた。 「合格か……」
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