しょうせつ、しょうせつ。

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 *** 「とまあ、冒頭はこんなかんじ?」 「で、ですか……」  僕は思わず、ごくり、と喉を鳴らしていた。  僕の家に突然訪れてきたのは、大学時代の先輩・高橋さんだった。同じ文芸サークルに入っていて、お互い社会人になってからは音信不通になっていた人物である。僕がまだ大学生の頃は年賀状を送っていたのだが、引っ越しでもしたのかある日を境に届かなくなってしまっていた。メールもだ。  結構親しくしてもらっていたし、最近はどうしているのだろうと心配していたのである。元気そうで、ほっとしたというのが正直なところだった。  まあそれで。  彼にお茶を出して、適当に雑談していたわけだったが。 「なんですか、その小説?」  僕は首を傾げた。彼が突然、さっきの物語を朗読し始めたからだ。  高橋さんが書いた小説だろうか?それにしては、なんだか文体が古めかしいというか、いつもと語り口が違うような気がしたのだが。 「なんか、ものすごく気になるところで切られた感ありますけど。先輩が書いたんです?」 「いんや」  彼はにやりと笑うと、覗き込んでいた己のスマートフォンから顔を上げた。 「今の話な。多分、大正とか昭和とか、それくらいの時代を舞台にした怪談だと思うんだよ。主人公はお金落ちの家に務める女中のばーさん。七十歳で現役で働いてるって、この時代では結構すげえことだとは思うんだけどな。今の通り、ばーさんがある日突然、夢の中で謎の森に迷い込むところから話が始まる」 「ふんふん、それで?」 「今の声に導かれて、自分がずっと勤め先の家の大奥様を憎んでいたことを自覚させられ、アヤカシに乗せられるまま復讐を始めてしまうって話なんだが……この話、小説投稿SNSに載ってたんだよ。つまりWEB小説な」  誰のアカウントだったと思う?と彼。 「俺のアカウントに投稿されてたんだよ。俺、こんなの書いた覚えないのに」 「は?」  どういうこっちゃ、と僕は目を丸くする。実はさあ、と彼は状況を語り始めた。  高橋さんは大手銀行で事務の仕事をしている。社名は伏せるけどまあ、ものすごくデカくて有名なところ、とだけ。そこに内定が決まったと文芸サークルでみんなに報告した時は、誰もが褒めたたえ羨ましがったものだ。
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