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糸
引っ張るとそれはスルスルと伸び続け、スウェットの裾を短くした。
目に見える減少とその触感が滑稽で僕の好奇心を刺激する。
古着屋で1万ちょっとで買ったそのスウェットには元々無数の穴が空いており、複数の小さなほつれが我が物顔で居座っていた。
他の人から見ると、1万円という金額で欠陥品を買ったと言っても過言ではないだろう。
教室、前方ではスクリーンの前に立つ教授が近年の戦争について語っている。
だが、その声は僕の世界からはゆっくりとフェードアウトされ、次第に減っていく裾が僕を魅惑する。
不思議と価値が下がる気はしなかった。
その一方、途中でちぎれた糸は机の上で消しカス達と混じりあっている。
さっきまでスウェットの一部であった彼らは、「糸」と呼ぶにも足りないくらいゴミに近かった。
右に対して左の裾が短いのは、僕が右利きだった。と言うだけでそこに特に意味は感じなかった。
ただ、不均一なそれを見ると揃えたくもなる。だが今から右の裾を短くすることはあまりにも意味を持ちすぎていて、やめておいた。
しばらくすると授業がおわった。
机の上に散乱する小さなゴミに顔を近づけ息を吸う。
いつもならそのまま強く吐き出すのだが、なんだかいつもと比較するとどこか居心地が悪く感じる。
普段は無い糸に視線がいく。
結局、僕はそれらのゴミを自分のポッケに入れ教室を後にした。
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