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窓から外に出た。 小学生の時である。 それが近道だとあの頃の僕はまごうことなく信じていた。 実際は違う。 靴を履き、玄関から出た方が効率もよい。 僕の家には小さな庭がある。 そして、正面門とそれとは別に小さな裏門がある。 友人は裏門の向かいに住んでいて、その日もその友人と遊ぶ予定だった。 窓からの方が裏門へは近かった。 ただ、「近い」と「早い」は別物だ。 靴を片手に窓から出ることはなかなかの時間が必要だし、母親もいい顔はしない。 玄関から駆け出した方が早いに違いなかった。 「絵」には背景がある。 そんなセリフを思い出したのはよく晴れた日の早朝だった。 僕の祖母は絵が好きで、幼い僕を美術館に連れ回していた。 当時はなんの面白さもわからず、いや、今でも絵の面白さは正直理解ができない。 しかしながら「絵」に背景があるのならばそれは人生と言えないでもない。 残念ながら多くの人の人生は平凡である。 億万長者になるわけでも、世界を救うわけでも、宇宙に行くわけでもない。 しかしながら、その一瞬、一瞬を切り抜いた絵は何故か多くの人の心を揺さぶる。 そんなことを思いながら窓から外を眺めた。 まっくろな猫が眠たそうに道路を歩いている。 それは美しかった。 僕が見ているこの景色はゆっくりと絵に変わった。 窓の縁が額縁に見えてくる。 そうすると窓越しに見える景色全てが絵に変わった。 銀色の縁に包まれた黒い猫の絵は優しくて、美しかった。 あの頃を思い出した。 窓から外に出た日だ。 あの日、僕は絵の中に入り込んだ。 額縁を潜り、どこの誰かは知らないが、きっと誰かが見ている。そんな絵に入り込んだ。 僕の人生は平凡だ。 もちろん世界を救うことはないだろうし、宇宙にも行かない。 でも、僕の入った絵を誰かが見ると、 それは案外、美しいのかもしれない。
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