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魂の引っ越し屋さん
夢と現実の狭間の世界。死者の魂を死後の世界へと導く者たちは、その世界で暮らしている。
「引っ越し?」
ペンギンに似たその何かは、自身の聞き間違いかと思いながら、目の前のシロクマのぬいぐるみのような姿の何かに問いかける。
「そう引っ越しだよー。担当する世界が変わるらしくてー、疑似南極大陸春増し区域から魔法大陸へ移動になったんだー」
この狭間の世界で大陸移動となると、専用ゲートで転移するしかない。各大陸は、海のように見える時空の渦で囲まれているため、専用の船での移動はできなくもないが、あまり推奨されてはいないのだ。
「そりゃまた急だな。新居への荷物の配送の手配とか大丈夫なのか?」
この世界は夢と現実の狭間の世界であるため、空いていれば好きな場所に住んでもいい。夢と現実の狭間の世界なので、想像力によって理想の家を建てられる。
「だいじょうぶー。流氷に乗って海を渡るからー」
「それはやめておけ」
流氷は、船ではない。
ペンギンに似た何かが止めると、シロクマのぬいぐるみに似た何かは、もふもふで短い手足を口元に持っていくと、イタズラが成功したかのように笑った。
「じょうだんだよー。ほんとーは、家ごとお引っ越しー」
「……ああ、そうか。想像力次第で、そういうこともできるのか」
夢と現実の狭間の世界。
どうやら引っ越しも、想像力次第で面倒な手配も不要となるようだ。
「前にー、流氷で大陸を渡ろうとしたものがいたみたいなんだけどー、渦に巻き込まれて行方不明になって、大捜索することになったみたいだよー」
「……そんなやつがいたのか」
話を聞いていると、流氷に乗って大陸間を渡ろうとして行方不明になったものは、どうやら輪廻の輪に飛ばされ、どこかの世界に転生していたらしい。
「転生、か」
ペンギンに似た何かは、死後の世界へと案内した魂たちが、無事に転生できただろうかとふと思った。
「もしかして、転生したいのー?」
シロクマのぬいぐるみに似た何かにじっと見つめられて問いかけられ、ペンギンに似た何かは、ふっと息を軽く吐き出して笑う。
「まさか。んなわけあるかよ。ここにいるやつらは、転生を拒否したものだぞ。我とて例外ではないさ」
ペンギンに似た何かも、シロクマのぬいぐるみのような何かも、生きていた頃に何があったのかは、もう憶えてはいないけれど。
「だよねー。転生したくなったら、転生の祠へ向かえばいいだけだしー」
夢と現実の狭間の世界で暮らすものたちは、この世界で暮らす代わりに、担当する世界で寿命を終えた生き物の魂が迷ってしまわないように死後の世界へと案内する役目を担っている。
魂の引っ越し、そのお手伝いとも言えるのか。
ある者は彼らのような存在を天使と呼び、ある者は彼らのような存在を死神と呼ぶ。
「ぼくたちはー、魂のお引っ越し屋さんだからねー」
「慣れてきた頃に、担当する世界が変わるけれどな」
生前は、彼らのような存在の姿が見える者は少ないとはいえ、あまり世界に馴染みすぎると、その世界で生きる者たちに姿を覚えられてしまうからだが。
「魔法世界は、勘のいいやつも多いと聞く。見つからねぇように気を付けろよ?」
「ありがとー。がんばるのー」
夢と現実の狭間の世界には、魂の引っ越し屋さんたちが暮らしている。
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