3.ルーナの言葉

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3.ルーナの言葉

 貴族の女性らしい彼女の部屋は、侍女によって綺麗に整えられていた。  カイトがお見舞いに持ってきた花が、すでに花瓶に生けられていた。  最後にルーナ嬢の顔を見て帰ろう。  特に彼女にこだわっていたわけではないが、カイトは何故か自然と口にしていた。  半年間だったが婚約者だった彼女に、別れの言葉だけを言って帰るつもりでいた。  カイト自身のけじめのつもりだった。  ベッドの脇の椅子に座りしばらく彼女の様子を見ていた。  顔に傷はなかったが、右腕には痛々しく包帯が巻かれていた。 「··カイ··ト··さ··どうか···と···お···あわせに···」  ルーナは言葉を発していた。 「ルーナ嬢、今なんとおっしゃいましたか?」 「···」  それっきり、ルーナは言葉を発することはなかった。  側に控えていた侍女が、ルーナの日記を開いて見せてくれた。 「恐れなから、ルーナ様はハーマン様のことを心から愛していらっしゃいました。自ら身を引く覚悟を決められ、貴方様の幸せを祈っていらっしゃいました」 「ルーナ嬢が何故身を引かねばならないのだ?」  カイトは首を傾げていた。彼女とは半年後に結婚式をする予定で変更するつもりもなかった。 「お噂をお耳にされませんでしたか?」 「なんの噂だ?」 「貴方様と義妹様の噂でございます」 「はっ?義妹とはあまり話をすることもないが···  まさか」 「義妹様とのお噂のことをルーナ様にお伝えしましたか?」 「いや···していない」 「ルーナ様は誤解されたままだったのですね」 「···根も葉もない噂だ」  婚約が白紙になるなら、もうどうでもいいことであった。  カイトは立ち上がり、部屋を出ようとしたが、侍女の持っている日記が気になり、 「後で必ず返すから、日記を読ませてもらってもいいだろうか?」  侍女はしばらく考えて、 「ルーナ様のお気持ちが少しでも伝わるのなら、内緒でお貸ししますので、必ずお返し下さい」 「ありがとう。私はもうここには来れないので使用人に届けさせることにしよう」 「承知しました」 「ルーナ嬢のことを···いや、失礼した」  カイトは婚約者でなくなるルーナのことを頼むとは言えなかった。  胸に重たいものが詰まったような気持ちで、モントン伯爵家を後にした。  婚約して半年間とはいえ、顔合わせを含めて実際にルーナに会ったのは五回ほどで、婚約者に興味のなかったカイトは、ルーナの容姿もうろ覚えだった。  ルーナとどんな話をしていたのか全く思い出せないでいた。
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