刀と杜番

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「お客さんだ。少し出てくるよ」  杜番はふいに壁を眺めてつぶやくと、外へ出て行った。  耳を澄ますと、遠ざかる軽い足音と、近づいてくる重い足音が重なった。 「杜番殿、愚息が来ておらんか?」  息が止まる。父上の声だ。こんな場所でのんびりしているなど知られたら、どうなるかわからない。心臓が痛い。 「これは仁崎殿。ご子息?はて、どうであったか」 「隠しておるな」  わざとかと思うほど、杜番は雑にごまかした。そのうえで、俺を父上に引き渡そうという素振りはない。信じられないことに、隠れている俺をなお匿おうとしている。  杜番は父上の……朱越で最も恐ろしい存在の前でなお平常を保っている。しかし高下駄を履いてなお小さい杜番の体が、父上の一撃でどうなるかなど、見なくてもわかる。刀を振るうまでもない。俺はそれの方が耐え難いと思った。 「……父上」  俺は出て行った。杜番は苦笑いをした。 「坊ちゃんはかくれんぼが苦手でいらっしゃる」  父上が冷えた目で俺と杜番を見る。俺は杜番と父上の間に入った。 「たばかってもらっては困る。それは稽古の途中で逃げ出した。それでも跡取りなのだから鍛えねばならぬ」 「仁崎殿、坊ちゃんは責任をもってお返ししますよ。しかしどうやら少々お疲れのようだ。この菊一めに免じてどうか」  もう黙って帰るから、これ以上頑張らないで欲しい。杜番がなぜそうまでして俺を引き留めるのかわからなかった。  しばらくの沈黙の後、父上が口を開いた。 「……全く、杜番殿に心配されるとはな。わかった。杜番殿に預けよう。くれぐれも夕餉までには帰らせるようにしてくれ」  どうやら父上は引き下がるらしい。俺が持ち出した刀だけ鞘に納め、持って帰ってしまった。  杜番が身軽に俺に向き直る。 「私が親父さんに叩かれると思って出てきてくれたの?」  杜番が父上に怯えた様子はない。 「私は大人なんだから、もっと頼ってもいいんだよ」  そんな脆い体で気楽なことを言う。俺が何も言えないでいると、杜番は面白そうに笑った。 「私はこれから薪をもらいに出掛けるけど、君はどうする?」
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