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灰色の綿毛
杜番についていくと、近場に杜番の庵と大差ない粗末な小屋があった。杜番が声をかけると爺が現れた。爺は人間のように見えた。朱越を訪れる人間は多いが、住んでいる人間は初めて見た。
「玄さん、お変わりないですか。薪をまたもらえますかね」
「やあ、菊一さん。薪かい?気にせず持って行ってくださいよ」
「助かります」
俺は杜番と爺のやりとりを遠目に見ていたが、爺が俺に気づいた。
「あぁ、仁崎殿のところの角坊ですよ。ちょっとね」
「奥のお屋敷の。これはまた、こんなところに」
こんなところ、の爺にまで仁崎の家は知られているのか。きっといい意味ではないだろう。
爺の家の裏手に薪小屋があった。薪をもらう代わりに、丸太をいくらか割って小屋に補充するようだ。
案の定、杜番の細腕は斧を振るうのもおぼつかず、見ていられなかった。薪割りなど初めてだったが、父上との稽古に比べれば造作もなかった。
「ありがとう。そのくらいでいいよ。上手いもんだね」
こんなこと、ただ斧を振っただけだ。そんなふうに言われたら居心地が悪くて、杜番から目を背けた。
「……こっちは?」
積まれた丸太が目に付いた。小屋の薪は少なくなっている。
「もう乾いてそうだけどね。割る前のが溜まっているんだろう。玄さんも歳だから」
爺のしわがれた声と枯れたような腕を思い出した。丸太をもう一つ割った。
「気を付けてね」
杜番は寒そうに爺の家に入っていった。
一人になると楽になった。サクサクと木が割れていく感触が心地よかった。高く乾いた音が響くのも好きだ。これをしている間は一瞬だけ無心になれた。
気づくと丸太はあらかたなくなっていた。小屋に薪を積んだ。これで冬を越すのに十分なのか、俺にはわからなかった。
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