灰色の綿毛

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 小さいのがこちらを振り向いた。臆せず俺を見据える。視線が合うのが怖くないのだろうか。信じられないくらい小さな手が俺の方に伸ばされて、着物をそっと握る。視線は俺を見つめたままだ。品定めをされているようだった。 「……!」  小さいのが俺の膝に伏せった。俺が固まっているうちに、小さいのは俺の着物に顔を埋めて動かなくなった。羽が小さく上下する。その往復は俺よりずっと速いが、体の力は完全に抜けている。 (……寝たのか?)  温かかった。くすぐったい匂いがした。体が昂った。感情がぐつぐつと湧いた。良いのか悪いのかも分からなかった。 「ああ、ああ、坊っちゃんのお膝で!外で遊んでなさい!」  爺の声に小さいのが飛び起きた。爺が青い顔で小さいのを俺から引き剥がした。 「失礼しました、どうか、どうかご勘弁を……!」  俺はなぜ爺が怯えて謝っているのかわからなかった。飯の窯が噴き出すのも放って、小さいのを叱りつける。  俺が怒ると思ったのだろうか。俺は怒っていたのだろうか。  俺はうまく喋れなくて、平伏する爺に頷くしかできなかった。小さいのが泣いてしまわないか気がかりだった。  *  杜番はたっぷり半刻かけて帰ってきた。その間に恐縮した様子の爺に過剰にもてなされて居心地が悪かった。  小さいのは、外で遊ぶように言われた割に奥の間に押し込められて様子が見えない。 「どうしたんだい?風志朗は?」 「……」  小さいのはふうしろうというのか。杜番は襖を見てため息をつき、爺に声をかける。 「玄さん、風志朗を出してやってくれませんか」 「いや、いや、いけません。さっきだって恐れ多くも坊ちゃんに抱き着いたりして。粗相をしたら困ります」 「角坊は気にしませんよ。ねぇ」  杜番がこちらに視線を投げる。 「……帰る」  爺が慌てている。俺は怒っていないが、それを爺に説明するすべがなかった。できるだけ早く立ち去りたかった。  杜番が追いかけてくるのがわかった。 「悪かったね。玄さんは私がどうにかするよ。風志朗のこと、どうかな?気に入った?」  わからなかった。あのとき沸いた感情は何だったのだろう。もしかしたら感じない方が良いものだったかもしれない。  あれの緩慢な動きを見ると不安で泣きたくなる。柔らかい肌に無性に噛みつきたくなって苦しい。触ったら逃げるだろうか。閉じ込めたらいいだろうか。俺にはきっと扱えないのに気になって仕方ない。いっそ壊したくて苛つくのに、壊したら俺は死にたくなると思う。 「……嫌い」 「そっかぁ」  杜番は気を悪くした様子はなかった。 「また来なよ」  杜番が穏やかに言った。俺はここから逃げるように走った。
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