価値の石

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 父上と入れ替わりで細面の狐男が縁側を通りかかった。兄上の往診に来た医者だ。医者は中庭で転がっている俺を見て控えめに悲鳴を上げた。 「……みねうち」 「左様でございますか……お手当いたしましょうか?」 「……いらない」 「左様でございますか……」  医者とこの状況で会うのは初めてではない。医者はいつも悲鳴を上げ、声をかけてくれる。断っても医者はおろおろとこちらを伺う。俺が泥のついた顔をぬぐって起き上がると、医者はようやく会釈をして立ち去ろうとする。この善良な医者をもってしても、兄上の具合は良くも悪くもならない。このまま兄上が良くならないと、俺が……。 「……おい」  医者はびくりと振り返る。 「……兄上、治るのか?」  俺は詳しく知らないが、医者はいつも決まった日時に来て診察をして、薬を出して終わりだ。 「わたくしめにはなんとも……鬼様はもとよりお体がお強いですから、養生の薬も効きづらいのですよ。もちろん、最高級の薬を使っていますけれども」  医者は小声で、言いにくそうに答えた。 「……薬」 「ええ、清の国から仕入れているものです。商人が運んでくるのですよ。東から来る他所の連中です」 「……鬼……効く薬、……ないのか?」 「まあ、ええ……残念ながら、鬼様のお体に合う強い薬は少ないのです。大陸のどこかにはあるやも知れませんが……しかし朱越は大陸から遠いですからねぇ。商人に問い合わせようにも、どうも連中とはソリが合わなくて。杜番に仲介して卸してもらっているんです」  杜番はそんな仕事もしているのか。俺を連れ戻しに来た父上がやけにあっさり引き下がったのも、そのあたりが関係しているのかもしれない。 「……」 「申し訳ありませんっ、わたくしめが至らずに……!」  医者が青くなって謝りだす。考え込んで、知らずに医者を睨んでいたらしい。慌てて目を逸らした。謝る医者の姿に、いつかの爺の姿が重なった。 「それでは……」  医者は裏手からこっそりと帰って行った。  土を払って廊下に上がった。打ち付けられた顔と手足と、腹も少し傷む。 (母上に、手当を頼んでも良いだろうか)  母上の気配を探すと、兄上の部屋にいるようだった。兄上は寝ただろうか。  襖の前に立つと、荒れている兄上を母上が宥めている声がした。医者が来た日の兄上はいつも以上に機嫌が悪かった。助けに入りたかったが、俺を見ると兄上は余計に荒れるから、黙って消えるのが一番いいはずだ。  往来に出るにはひどい有様だろうから、顔を洗ってから出かけた。
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