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絆創膏とイワナ
街道は人が大勢いて居心地が悪かった。路地にでも入ろうか、西の森はもう行けないか、東の森にでも行こうか、昼餉を食べ損ねてしまった、などと考えながら歩いていたら、柔らかな声に名前を呼ばれた。
「や、角坊。最近よく会うね」
杜番だった。足元には小さいの……風志朗がしがみついている。
「……」
「私たち、これからご飯。よかったら一緒に…」
杜番は俺を上から下まで眺めた。
「ずいぶんボコボコにされてるねぇ。ご飯の前に手当かな?」
断ろうと思ったが、杜番の脚の間に挟まってこちらを見上げる風志朗と目があって……目が離せなくなってしまった。
*
「キヌさん、お世話様です」
「なんだい、菊一かい。三日ぶりじゃないか。飯はちゃんと食べてるんだろうね」
「ええ、お陰様で」
この店のことは知っていたが、入るのは初めてだ。杜番が軽やかに暖簾をくぐるのに続いて、俺が入ると店の中が一瞬静かになった。
「……後ろのはあんたの連れかい、菊一」
厨房に立つ女将が、怪訝な顔で俺を見る。
「左様ですよ。仁崎殿のところの角坊ちゃんです。今日はちょいと勇ましいですがね。二階の部屋と救急箱を借りてもいいですか」
「勝手に使いな」
杜番は勝手知ったる風に店の棚を漁った。
「……施しは受けない」
「そう怖がるなって。手負の獣かね、君は」
杜番は箱を持って階段を上る。風志朗が杜番と俺を交互に見て、俺の傍に寄った。眉根を寄せて上目遣いに俺を見る。不満そうな顔、だと思う。
「……」
「お稽古かい。これはまた……」
「……大事ない……すぐ治る……」
俺の傷を見て杜番が苦笑したが、手際よく手当してくれた。杜番が俺に消毒液を当てたり包帯を巻いたりするのを見て、風志朗も真似したがった。
「風はここ、絆創膏貼ってあげな。優しくね」
杜番が与えた絆創膏を、風志朗が俺の手の甲に貼ろうとして苦戦している。自分の手に貼りついて取れないようで、見ていて歯がゆい。やっと俺の手に貼られた絆創膏は、傷からはみ出て皺が寄っている。風志朗自身も出来栄えに首をかしげている。
「あれ、やっぱり難しかったかな。貼りなおそうか」
他の手当てを終えた杜番が覗き込んだ。
「……いや……このままで、いい」
小さくて丸い指先に触られると、くすぐったくて痛みなど忘れてしまった。
「はいよ終わったよ」
医者の申し出は断ったのに、杜番には大人しく世話されてしまって、ばつが悪かった。治りが早くなるわけではないのに、傷を塞いてくれると不用意に神経に障らないから楽になった。
「……かたじけない」
道具を片付けながら、杜番は意外そうな顔をして、そしてふやけた顔で笑った。
「どいたしまして。ご飯行こうか」
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