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 アカツキ製薬の社長室で、社長が言った。 「いよいよファンドとのミーティングだな。こちらの主張が通ればいいが」  かなり厳しい、と沼田は思った。アカツキ製薬は、三年連続の赤字に加え、昨年発覚した品質不正問題、それによる半年間の営業停止処分を受け、実質的な倒産である事業再生ADRの手続きに入っていた。  会社が再生できるかは、銀行団が約一千億円の債権放棄に応じるかであり、それは外資系ファンドが出資してくれるか、にかかっていた。  銀行とファンドに、アカツキ製薬の再生計画を説明するミーティングが、今週東京にあるメインバンクの本店で行われる。ここで方向性がほぼ決まる。 「不安です。高崎室長はまだしも、もう一人の担当が、若い前橋では」  副社長が社長に応えた。前橋いつきは、入社三年目の女子社員だ。社内プロジェクトに参加したことはあれ、金融関係の知識経験はない。社長は穏やかに応じた。 「彼女は頑張ってるよ。それに、若手を担当にするのは、ファンドからの要求だ」 「しかし、前橋を信じられますか?」 「私がどれだけ社員のことを考えているか……この苦境の中でも給料を払い、社員の生活を支えている。だから社員も会社を愛してくれるはずだ」  沼田は、「ただ仕事に一生懸命であればいい」と、新入社員だった前橋いつきに諭したことを思い出していた。彼女に会社の命運を託す日が来るとは……。
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