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 寒い夜だが高山家は暖かった。帰宅した高山桜子がコートを玄関で脱ぐと、台所から美味しそうな匂いと子供たちの声が届いた。 「ママ、今日は唐揚げだって! パパが揚げてくれた!」  次女のあやみが駆け寄ってくる。笑顔の娘を抱きしめると、冷たーいと嫌がって逃げる。もうすぐ十二月、桜子の体も冷え切っている。 「ママ、唐揚げにしたよ! 冷凍食品の奴だけどさ」  台所で夫の禎雄が言う。禎雄も笑顔だ。会社を辞めて家事を担当するようになって、桜子が驚くほど上手になった。  禎雄が調子よさそうで安心する。ゴミ箱から覗く包装は、激安スーパーのものだ。  家族で食卓を囲み、子供たちが笑って学校の話をしながら食べる姿に、桜子の顔も綻ぶ。  禎雄が楽しそうに子供たちの世話をしているのが、何より嬉しい。  禎雄は鬱病で、自殺未遂を繰り返していた。嘘のような回復具合だ。やはり仕事を辞めたのは正解だった。ただ、今の生活がいつまで続くんだろう。  食事の後、物陰で桜子はバッグから通帳を出した。残高が減っている。  元々この家は、禎雄と桜子のダブルインカムで回していたのに、禎雄の収入がなくなり、桜子の会社、アカツキ製薬は破綻して給料が四割カットされている。節約でやり繰りしてきたけれど、子供たちの将来への貯金もできない。  禎雄は働こうか? と言ってくれるが、鬱病はまだ完治していない。また自殺未遂事件で心臓が止まる思いをするのは耐えられない。会社の給料はいつ元に戻るんだろう? そもそも再生できるんだろうか? 見切りをつけて他の仕事を探すべきかもしれない。
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