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馬の骨
◆
氏綱が「確かに、それがし配下に湯浅という家人がおりますが……しかし、数日前から、行方知れずとなっております」と言うと、景信が続けて言った。
「湯浅は強盗を働いた嫌疑で、当方にて拘束し取り調べておる」
秦親子は心中慌てた。
「湯浅が? 何をしたというのです」
景信は涼しい顔で答えた。
「湯浅は、徒党を組み、さるお屋敷に押し入ったのだ……」
「……そ、そんなバカな……」
氏綱が言うのも気にとめず、景信は続けた。
「三月八日の夕刻、六角福小路、清原致信殿の館に押し入り、致信殿を殺害し、金品を奪った」
「金品など奪っていない……」と思いながら、氏綱は叫んだ。
「確たる証拠もなく、そのようなことを!」
景信は、なおも言う。
「いや、本人が白状したのだ」
氏綱の目が泳ぎかけた。
「湯浅は、口を割る男ではない」といいかけたが、思いとどまった。
景信は、また、意外なことを言いだした。
「致信だけでなく、居合わせた致信の妻や妹御まで手にかけた!」
「いや、女は殺した覚えがないのだが」と、氏綱は心の中で苛立った。
「湯浅は、妹御に『なんだ老いぼれか!』と罵ったら、その女性は《無礼な! 馬の骨を買えぬ痴れ者め!》と逆に罵られて腹が立ち、斬って落とした、と。罵られたとはいえ、無抵抗の女性を殺めるなど、悪鬼外道の所業……」
「馬の骨を買う? 女??」
話が、おかしな方向に向かっているので、氏綱は頭が追い付かなかった。
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