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熊狩ってくる。
ピンクの花弁がすっかり落ち、青々とした新緑が目立ち始めた時期のことだ。入学したばかりの私達は陽キャ集団を筆頭にボウリング大会に誘われた。
親交を深める為のこの日、彼は何故か1人で席を取り、離れた場所で黙々とストライクを決めていた。
その目付きの鋭さと寡黙さが少し近寄り難い雰囲気を纏っていたからか、彼の友達らしきクラスメイトがたまに声を掛けに行くだけで誰も進んで話しかけようすはない。
対し、私は友人に流され陽キャ集団に囲まれ、賑やかな雰囲気に頭痛がし始めたので、「クマ狩ってくるわ」と適当を言ってその場を抜け出していた。
10分、トイレ前の椅子に座り込んでいた時間。
そろそろ戻らないと本気でクマを狩っていると思われるが、あの場に戻るための準備は中々出来ずに居た。必死に私の15年ストーリーを漁ってみるが、困ったことに大して楽しい思い出が浮かんでこないのだ。
「うお、びっくりした。」
驚いた声に驚き、ビクと体を揺らす私。顔を上げるとそこには寡黙な彼がいた。何やってるの、と表情を変えることなくこちらに問い掛けてきた。
「いや、その、話入りにくくてさ」
人見知りの激しい私は、突然の会話に目を泳がせながらそう答える。
「あ、そう」
彼も人見知りなのだろうか、聞いてきたくせに返事は少し素っ気ない。しかし、そんな返事をしておきながら彼は目の前から動くことは無かった。
何か求めてるのか??彼の細い瞼の隙間がキョロキョロと動くのが見えた。
私は多少たじろぎながらも、何とか会話を試みる。
「えっと、何中?」
「え、藤田と同じ。」
いやどこ中だよ。
まだクラスメイトの名前も把握していない私には、藤田がどいつかすら分からない。ここからでも私の卓は見えるので、立ち上がって「どれ…?」と恐る恐る聞いてみる。
「あのキノコ頭。……うん、あれ。イケメン風のヤツ、マスクとったらダメだよ。」
さっきより長めの返答が返ってきた事に安堵。彼の目は微笑みからかまた少し細さが増しているようにみえる。どうやら藤田はマッシュヘアで女子に囲まれているアイツ、友人も「イケメンいる!!!」と学校説明会の時点でギャイギャイ騒いでいたアイツだ。
「マスクイケメンってやつ?」
「そ。あの下とんでもねえから辞めてあげてな。」
意外とちゃんと話が出来ているのではないか、少し気持ちが落ち着いてきた。とんでもねぇマスク下がどんなものか言い方のせいでかなり気になってしまうが、まだ当分は引き剥がすことが出来ないのでこれは今後の楽しみにしようと思う。
「あ、まずい。また後で。」
私が次の会話を考えていると、彼は突然そう言って返答を聞くことも無くトイレに駆け込んでいってしまった。当然だろう、彼は用を足す為にトイレに来たはずだから。
ほんの少しの会話だったが、ほんのりと緊張が解かれた私は、彼に感謝しながらようやく戻る気が起きた。カバンに着いたクマのキーホルダーを外して、私は卓に戻る。
「クマ狩って来た」
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