6人が本棚に入れています
本棚に追加
4月になって
「ねぇ、起きて。桜が咲いたよ。」
今日は4月1日である。妻が俺を起こすために嘘をついているのだろう。
今年の桜は咲くのが遅くて卒業式には間に合わなかった。
小学校を卒業した娘の明美はせっかく袴をはいたのに、桜と共に卒業できなくて残念そうだった。
妻の明子はせめて入学式には合わせてほしいなぁ。と言っていたが、さすがに4月も10日近いのだ。今度は散っているだろう。と、俺は思った。
今どきの小学生は進む中学校の制服で卒業式をしないのだと聞いて、驚いた。男子はスーツ。女子はドレスか袴だと聞いてもっと驚いた。
何も小学校の卒業式で着なくてもいいだろう。とも思ったが、女の子だったので、服装などは妻に任せっきりで今更口出しをする立場でもなかった。
色々と考えながら窓の外を見ると、家の近くの桜の樹がほころび始めている。桜はエイプリルフールの嘘ではなかった。
これだけ咲くのが遅れたのだから、気温が高くなることもあって、一気に咲いて、入学式には葉桜なんだろうなぁ。と思いつつ、
「なぁ、入学式はさすがに制服なんだろう?」
と、妻に聞くと
「何言ってるの?卒業式が袴だったんだから、入学式はドレスに決まってるじゃない。」
と、言われた。
「おい、いくら何でもやり過ぎだろう。入学式は制服にしなさい!」
俺がついつい声を荒らげると
「お父さん、今日は4月1日だから・・・さすがに入学式は制服だよ。」
と、娘が困ったように俺に言った。
さっきまでそう思って会話をしていたのに、あまりに単純な嘘に引っかかり、声まで荒らげてしまったので俺はバツが悪くなった。
仕方なく、渋面を作りながらも
「あ~、引っかかっちゃったなぁ。桜は嘘だと思ったんだけどなぁ。」
と、ちょっとでもその場の空気を軽くしようとつとめた。
「桜、入学式まで持つといいな。」
今度は本当にそんな気持ちで娘を見ると、娘は急に大人びたような顔で
「うん。多分大丈夫だよ。お父さんがそう言ってくれるんだから、桜も待ってくれるよ。」
そういって、さっきうっかり声を荒らげた俺の事を妻によく似た柔らかい笑顔でフォローしてくれた。
「あ~、早いな。中学生か。この前までおむつしてたのになぁ。」
と、俺が言うと、妻が娘と同じ笑顔で
「もう、お嫁に行く心配してるんでしょ。あ~あ、彼氏でも出来たら大変だわね。」
と、笑っていた。
少しの嘘と、本当が混ざったほろ苦いエイプリルフールだった。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!