番外編

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番外編

  「君をもう片時も離さない」 「ふふ、僕も離れないよ」  胸に愛しいオメガを抱いて思う――あの時の選択を間違えなくて良かったと。  本当なら出会ったその日に抱いて(つがい)にしたかった。しかし、そんなことを提案できるような状況ではなく、彼は七年間、復讐のためだけに生きてきた。そして自分の人生の楽しみなど何もなく、復讐を終えたら罪を償う。そこまで考えていた。  こんなに小さい体で、十代をずっと人を恨み生きてきた。  僕が解放してあげるのは簡単だけど、きっと彼は自分の手でそれを成し遂げなければならない。彼の強い瞳を見て、決意を聞いた時そう思い協力した。    正直あのアルファに抱かれている彼を思うと、僕の半年も試練だったが、彼との約束を守りキス一つで半年を乗り切った。 「洋二さん、大好きです」 「僕もだよ、巧。愛してる」    そう言って、何度も何度も巧を抱いた。  * * * 「気分はどう?」 「お前はっ、俺の巧を!」  気分は乗らないが、今日は拘置所に来ている。  巧の中で復讐は終わったというけれど、僕の中では終わっていない。僕のオメガを三回抱いた男。  三回というのは、(つがい)になってから巧に聞いた。どんなふうに抱かれて、何を思ったか。すべてを口に出して言わせた。  あの半年がトラウマにならないように、アルファに抱かれた記憶を僕で書き直す必要があったからだ。相当辛い経験だったようで「上書きしてくれてありがとう」と言って、泣きながら僕に抱かれた。 「因果応報って知ってる? まさにそれだよね」  僕を睨み、アルファは冷静な口調で言葉を紡ぐ。 「なぜあの日、法案が可決されすぐ俺のもとに警察が駆け付けたのか……お前、まさか巧のこと知って、俺のことを調べて、むりやり巧を手に入れたのか?」 「無理やりじゃないのは君も見ていただろう? 君とはしなかったディープキスを自分から僕にしてきた巧の姿。巧はキスが好きで、起きた瞬間、出かける前、あっ目が合っただけで舌を絡めてくるキスをするんだよ。可愛いからキスだけで終わらなくて巧を毎晩疲れさせて申し訳ないけど、巧はその疲れが嬉しいって言うんだ。君はそんなエロい巧、知らないんだってね」 「なんでそんなことっ、お前がっ!」  目を見開く驚くアルファ。  愛されていなかったんだから、この当たり前の巧がする行動をこの男は知らない。 「ねぇ、因果応報って知ってる?」  僕はまた聞いた。 「何が言いたい」 「君は巧に捨てられたんだ。君が巧のお兄さんを捨てたように、簡単にポイっとね」 「……え? 今、なんて言った」  今しがた透明な仕切りを殴りそうなほど興奮していた男は、僕の言葉にきょとんとする。 「あれ? 被害者家族から被害届が出て君が今ここにいるんだけど」 「被害者家族って……」 「君が最初に(つがい)にした男は、巧の実の兄だ」 「な、まさかっ!」  と驚くものの、思い当たる節があるような顔をする。 「君って本当にアルファなの? 巧のお兄さんの写真を見せてもらったけど、すごく似ていた。それにフェロモンも同じ香りなんだってね」 「あ、そ、そんな」  ようやく自分が最初の本当に愛したオメガを求めていたと気付いたようだ。  巧から聞いていた――運命に惹かれたけれど、きっとあの男は兄を愛していた。だから自分は初めからすんなり彼に近づけた。僕はただ兄の真似をしただけ。そう微笑む巧は、ようやく本当の自分をだせると言って、僕の胸に頭を預けて泣いていた。 「だから君は初めから巧に惹かれたらしいけど。兄を殺した男を、巧が許すと思う? はじめから巧はあんたを殺すため近づいたんだ。それは僕が阻止したけどね」  ひゅっと、息を吸う音が聞き取れた。  愛したオメガに殺される予定だった。そんなことも知らずに、この男はいつか現れる巧の運命に怯えていた。なんて無様なんだろう。 「じゃあ、巧は最初から俺を愛していなかった?」 「そうだよ、君と付き合って、安心させて、寝てるところを刺すつもりだったらしいよ。でも僕に出会った。だから君を社会的に殺すように導いたんだ。愛しい(つがい)をこんな小汚いところに入れたくないからね。なにより塀の中じゃ彼を抱けない」  これが僕の復讐――僕の(つがい)を三度も抱いた男への。そしてアルファは何かを悟ったように話す。 「そうか、俺は一番愛するあいつを殺した。死んでから気付くなんて本当にバカだった。虚無感がずっとあったけど、巧に出会って久しぶりに高揚したのは、そうか。あいつの弟だったから……その弟の巧に殺されるのが一番幸せだったかもな。お前が俺の幸せを奪った」  驚いた。  そうか……二度も(つがい)に死なれたアルファはこうなるのか。 「最後の幸せ、味わえなくて残念だね」 「お前は巧の復讐を成し遂げて、巧に受け入れられたんだな。知っていて俺に抱かせたとは」 「もちろん君が巧を抱いてると知って苦しかったけれど、巧の苦しみはこんなものじゃないから。あとね、君を殺させないようにしたのは、死ぬなんて簡単に終わることじゃ許せなかったから。きっと殺した巧のほうがずっと苦しむ。だから君が生きて苦しむ方法が復讐だと教えてあげたかったんだ。じゃあ、残りの人生ずっと懺悔してね」  そうして僕は硬いパイプ椅子から立ち上がろうとすると。 「巧は、巧は今、幸せか?」 「……え、ああ、幸せだよ。あれからすぐに式を挙げて、今彼のお腹には僕の子どもがいる。巧のお兄さんの名前――未来(みく)をもらうことにしてる。彼は僕たちの中でずっと生き続ける」  そこでアルファの泣き声が響いた。  大きな男のアルファが本気で泣いている。未来(みく)未来(みく)っとひたすら言葉を紡ぐ。その姿を見て哀れに思った。  そして僕の復讐は終わり、愛しい(つがい)のもとに帰っていく。  最近はよく笑う、可愛い巧を抱きしめて「ただいま」と言ってキスをする。すると巧は僕の背中に手をまわして嬉しそうにキスの続きをおねだりする。 「お帰り、あ、洋二さん! 今日ね、お腹蹴ったの」 「わぁ、僕も見たかったな。きっと元気な子が生まれるね」 「うん!」  僕たちの復讐は終わり、過去を終わらせて今未来へと進みだした。  これから家族三人で生きていく。  ――番外編 fin――
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