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前編
「お前のこと誰にも見つけさせない」
愛しいオメガを抱いていつも最後にそう言うと、オメガはいつも通り微笑む。
このオメガは運命ではない。
だからこそ、誰にも触れられないように囲わなくてはいけない。こいつに運命が現れたら、たとえ番関係を結んでいたとしても無かったことになる。実体験でその威力を知っているからこそ、今度はその脅威に怯えるのが自分だ。
俺には昔、番がいた。
とても淑やかで従順なオメガだった。彼がとても好きですぐに囲った。そして番契約をすると腹に子ができた。順番は逆だが結婚しようと言うと、彼は泣いて喜んだ。
しかし入籍を控えたある日、俺は運命に会ってしまった。
それは何とも言えない高揚感と、隣にいた番のことを愛していたなんてまるで信じられないくらい、運命しか目に入らなかった。隣で呆然とするオメガを見向きもせず、俺は運命を抱きしめその場から去った。
運命のオメガと番契約を結び少し落ち着いた頃、元番に会いに行くと、捨てないでと泣いて縋られたが、もうどうしようもなかった。
どうしてこのオメガを番にしてしまったのかと、後悔すらした。不幸中の幸いなことに、彼とはまだ入籍していなかったので、すんなり別れた。堕胎費用と慰謝料として百万を渡し、彼とはそれきりだった。
しかし運命の番は、その時末期がんを患っていて半年後にこの世を去った。それから失望感で何も手につかなくなったとき元番が気になりはじめた。
連絡を取ると家族から息子は死んだと言われた。
死因は、番解除による衰弱。腹に子がいるままこの世を去った。自分のしたことに、その時初めて気付き、彼を想い涙を流したが遅かった。あんなに愛してくれた人は今までいなかった。運命とはその場で盛り上がるも、病気の世話がほとんどだったので愛を交わした時間は少ない。
思えば、俺が本当に愛していたのは最初に番にしたあの男だった。
だから、今度こそ間違わない。番にしたら絶対に一生離さない。
この胸に抱える、あの元番に似ている可愛いオメガを一生離さない。そしてもう一度、自分に言い聞かせるかのように囁く。
「愛してる、絶対に離さない……」
オメガはそんな俺を見て、いつも天使のように微笑むだけだった。
* * *
「あなたはこの男を、生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
今日は結婚式。恋人は結婚するまで絶対に番にならないと決めていた、今時珍しいくらい純粋な子だった。
もちろん妊娠を許してくれるはずもなく、発情期は抱かせてくれなかった。彼を抱く回数は片手に入るくらいしかなかった。外泊はできない、結婚するまで一緒に暮らせないと言われていたので、ひと時も離れたくなかった俺は、すぐにプロポーズして出会って半年で結婚式を挙げた。
今日、ついに彼を手に入れることができる。
彼は神父の言葉に頷き、俺を受け入れる。祝福のベルが鳴り、俺たちは教会を出て長い階段を降り、参列者からフラワーシャワーを浴びていた。彼は俺の腕に腕を絡め終始笑顔だった。
しかし階段を降り切る前に、彼の表情が一瞬歪んだ。きょろきょろして何かを探している様子。
「どうした?」
「あ、う、運命が……」
「え?」
彼が一言、「運命」と口にして俺の手を離した。
すると彼のフェロモンが急激に香り始める。今まで発情期には会えないと言われていたので、こんなに強いフェロモンを感じたことはない。
それは、元番と同じ可憐な花の香りだった。
周りの参列者がざわめく。今日はアルファの知り合いも多く来ているので、彼のフェロモンを感じて皆が焦っている。フェロモンを振りまく彼は、そんな参列者や俺のことは見向きもせずに、ブーケを床に落とし、階段を駆け降りる。
唖然として固まってしまった俺は、その時オメガの先にいる男に気が付いた。
余裕の顔で微笑み、手を広げる男は、まるでオメガを待っているかのようだった。
「おいで、僕の運命」
アルファらしき男がそう言うと、俺のオメガは泣きながら走り出す。
「僕の運命の人!」
そしてそのアルファの胸に飛び込むオメガ。
ガーデンウェディングで選んだ会場。
同じようないくつかの建物が並ぶ隣の会場でも結婚式が執り行われていた。その参列者たちが外に出てきている。彼もその一人だったのだろう。引き出物を持つ手を見てそう思えた。
「うわっ、まじかよ、お前、人の花嫁が運命?」
「すげー、おめでとう! 運命の番、俺初めて見たわー!」
「うわー良かったな!」
隣のウェディング会場はちょうど終わったところだったらしく、皆引き出物を持った手で拍手をして、参列者の一人だったであろう友人アルファを祝福する声。隣の新郎新婦まで涙を流して喜んでいる。
そして俺たちの式に参列していた人たちも――
「わー、運命ならしょうがないよね。結婚式に可哀想―」
「でも、因果応報じゃね? あいつ確か一回番解除でオメガ死なせてなかったっけ?」
「最低なことしといて、また番を得ようとするからバチが当たるんだよ」
まさかの友人側からも、俺のオメガと見知らぬアルファの運命を祝福する声。そして俺の過去を知られていて罵られることに驚いた。
俺が驚愕に目を見開いくと、オメガはアルファにキスをしている。俺には濃厚なキスは好きじゃないといって、抱いている時しか許してくれない唾液を絡めるキスを自分からしていた。
そして、相手のアルファはキスされている最中俺を見て、ほくそ笑んだ。そして俺の目を見ながら、オメガに話す。
「もう、君を離さない。一生僕のオメガでいてくれる?」
「うん! 僕のアルファはあなただけ! 間違いで入籍しなくて本当に良かった!」
彼は今何と言った……「間違いで入籍」俺は間違いの相手だった?
入籍は式が終わって翌日に二人で届け出を出そうと言っていた。だから、結婚式を挙げてはいたが入籍はまだしていない。
「うわっ、あいつ、マジで哀れすぎ」
「でも入籍前で、オメガちゃん助かったねぇ。ほんと最悪なアルファの番になる前に運命に会えて良かったわ」
友人たちの声が、まるで俺に聞かせるかのように聞こえてくる。隣の参列者たちもその声が聞こえたようで、「最低なアルファって世の中いるんだ……」とひそひそとこちらを見て話す女性たち。
俺は、過去の過ちを、今更責められている。
そして、俺のオメガは俺を振る向くことすらなく、そのアルファと会場を後にしていた。
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