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【1】告白
ハルと俺は高2で初めて同じクラスになった。
うちは男子校で、ハルとは入学して間も無く知り合った。
ハルは同じクラスの卓巳と中学が一緒で仲が良いらしくて、卓巳と友達になった俺は、直ぐに卓巳に「俺の親友!」って紹介されたから。
「瀬名晴人です。
よろしく。
ハルって呼んで下さい」
ハルはニコッと笑って言った。
クールな雰囲気もあるのに、かわいらしい笑顔。
俺も笑って「 桜庭 莉緒 です。よろしく。じゃあ俺も莉緒でいいよ」って言った。
卓巳が「なんかかわいい二人が揃っちゃって、俺他の奴らに嫉妬されそう~!」とおどけて言う。
その卓巳の頭をハルがパシッと叩く。
「何、くだらないこと言ってるんですか。
莉緒ちゃんは兎も角、俺はかわいくなんか無いですよ」
「えーハルかわいいじゃん!
手が特に」
ハルは、はあっとため息を吐いた。
「これだからバカは…。
手、限定でかわいくたってどうしようもないでしょ!」
「バカバカ言うなー!
でもハル、中学でも超モテてたじゃん」
「チョーモテてたのはアンタでしょーが。
莉緒ちゃん聞いて下さいよ。
神田さんこんな爽やかな顔しておっぱい星人で…」
「わー!やめて!やめて!
莉緒ちゃんに誤解されるっ!」
卓巳がハルの口を手で塞ぐ。
俺は漫才みたいな二人のやり取りに笑ってしまった。
それでもハルとはクラスも違うし、それ以来挨拶程度で話すことも無かった。
ハルはたまにクラスに現れるけど、卓巳と話すとさっさと教室を出て行く。
卓巳はバスケ部に入っているので、平日も、下手すると土日も忙しい。
うちの学校は部活は強制じゃない。
俺は中学で生徒会長をやっていて忙しかった分、高校ではのんびりしようと決めて帰宅部になった。
それでもピアノと英会話を習っているので、放課後もそれなりに予定もある。
それに図書委員に大島司くんと任命されてしまった…。
司くんとも仲が良いから、不幸中の幸いだったけど。
司くんは美術部に入っているけど、気まぐれにしか部活に顔を出さない、のんびりしたマイペースなタイプ。
席の近い水元明くんとも仲が良くて、司くんと親しくなると、やっぱり直ぐに司くんに「コイツ水元明。明って呼べばいいから。明、この人は莉緒くん。もう知ってるだろ?」と紹介された。
明はイケメンの顔を崩してにっこり笑うと、「明です。よろしく莉緒くん」と言った。
明は卓巳と同じバスケ部に所属していた。
それから次にハルと喋ったのは、卓巳に紹介されてから一ヶ月も過ぎた頃だった。
俺はピアノをやっているので編曲もまあまあ出来る。
それで軽音部の部長の佐原先輩に、時々曲のアレンジの相談なんかを受けていた。
その日も佐原先輩に頼まれて、軽音部の部室に向かった。
部室に近付くとギターの音が聞こえてきた。
でも、この弾き方は佐原先輩じゃないと、直ぐに気付いた。
部員の誰かかな…
そう思ってドアを軽くノックすると、部室に入った。
ハルがいた。
ひとりでギターを弾いている。
夕陽が部室に差し込んで、埃がキラキラ光って見える。
ハルはその夕陽に照らされて、身体とギターがオレンジ色に染まっていた。
まだ拙いけれど、力強い音色。
身体全体で何かを訴えかけるようなタッチ。
俺の存在に気付いているのかいないのか、演奏は続く。
そして曲が終わると、ハルはギターをスタンドに掛け立てて「なに?」と一言言った。
「あ、あの佐原先輩は…」
「なんか購買行くとか言ってましたけど」
「そっか…」
気まずい…
話が続かない…
暫くの沈黙の後。
「莉緒ちゃんてさ」
ハルが不意に言った。
「ピアノ弾けるんでしょ?
小さい頃から習ってるんだよね。
俺の演奏どうでした?」
「えっと…その…」
俺が言葉に詰まっていると「おう!桜庭、待たせてごめん!」という声と共に、ドアが開いて佐原先輩が入ってきた。
「なんか腹減っちゃってさ~。
ほら、桜庭と瀬名の分も飲み物買ってきたから、好きなの飲めよ!」
佐原先輩が缶コーヒーを机に置く。
ハルが部室の奥からやってきて、缶コーヒーをひとつ掴んだ。
その時、佐原先輩が俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。
「何するんですか!」
俺は滅茶苦茶になった髪から佐原先輩の手をどける。
「だって莉緒ちゃん、今日もかわいいんだもーん。
今日何時頃まで出来る?」
佐原先輩が俺をからかうのはいつものこと。
「…下校時間までいいですよ」
「やさすぃー!莉緒ちゃん、大好き!」
今度は抱きついてくる佐原先輩に必死に抵抗していると、「じゃ、お先に」とハルが言って、部室から出て行こうとする。
ハルはいつの間にかギターケースを肩から担いでいた。
「瀬名、もう帰んの?早くね?」
「失礼します」
ハルは振り返らず、部室のドアから出て行った。
その一件から、何となくハルが目に付くようになった。
登校している姿を見れば、今日はギターケースを担いでいないんだなー、とか。
クラスに来れば卓巳と何喋ってるのかなー、とか。
だからって、自分からハルに話しかけたり、卓巳にハルのことを訊くことも無かったけれど。
それから暫く経つと、俺達五人は放課後ちょくちょく遊びに行くようになった。
卓巳と明の部活があるから、週1くらいだったけど。
話してみると、ハルは面白いヤツだった。
ゲームが大好きらしくて、俺達と一緒にいてもゲーム機を離そうとしなくて、よく卓巳に怒れていた。
俺がバカ話をすると、すぐにのってきてくれる。
卓巳も笑って便乗して、それにハルが突っ込んで、司くんは普段そんなに喋らないのにオチをさらってそこに明が混ざる。
最高に楽しい。
でもその内、俺は気付いてしまった。
自分の視線がハルの姿ばっかり追いかけてることに。
廊下なんかでハルに会って「莉緒ちゃん、おはよ」なんて言われるだけで嬉しい。
俺と司くんが図書委員の当番の日は、ハルはたまにやって来て、必ず差し入れと言って缶コーヒーやジュースを持って来てくれる。
司くんが「ドケチのハルに奢られるなんて怖いな~」と毎回ふざける。
「じゃあオジサンは飲まなくていいですよ。
莉緒ちゃんだけで飲んでね」
ハルがニコッと笑って言う。
俺の心臓がドキンと跳ねる。
司くんは大抵図書委員の仕事は放棄して、スケッチばかりしている。
隣にいる俺を「人物画の練習!」と言ってモデルにして描いたりもする。
俺は恥ずかしいからやめて、と何度も言ったが、人の話なんか聞かない司くんに通じる訳も無く…。
そのスケッチブックを覗き込むとハルは必ず、「美人さんがいる~」と言う。
俺は自分を美人なんて思っていないから、毎回赤面してしまう。
そんな俺を見て、ハルは満足そうにニヤッと笑う。
そして司くんをからかうと、本なんか一冊も見ずに出て行く。
「まったくアイツはよ~」
司くんがブツブツ言いながら、ハルから貰った缶コーヒーを飲む。
俺は手の中の缶コーヒーをじっと見る。
たったそれだけのやり取り。
でも鼓動がうるさいくらいして、胸の奥がじんわり暖かい。
ハルのギターが聴きたくて、でも自分から中々言い出せなくて、俺は佐原先輩の呼び出しをじっと待つ。
ある日ハルから「莉緒ちゃん、暇な時に部活に顔出してよ」と言ってくれて、俺は飛び上がりたい程嬉しかった。
ハルは「アドバイスしてね」なんて言うけど、ハルの演奏をうっとり聴いている俺は答えにしどろもどろ。
そんな毎日に、俺はハルが好きなんだと自覚した。
自覚してみると世界が一変した。
普通の毎日がキラキラ輝いて、ドキドキの連続で。
でもそれが嬉しくてたまらない。
余りにドキドキし過ぎた時は、一緒にいることの多い司くんの癒しオーラで落ち着くことも覚えた。
司くんとは黙っていても、何となく通じ合える何かがあった。
波長が合うっていうのかな?
司くんは無駄なことは訊いてこないので、それも助かった。
でも。
ハルが好きだからこそ、気付いてしまったんだ。
ハルが卓巳を好きなこと。
ハルは卓巳には人一倍酷い冗談も言う。
でもそれは愛情表現。
卓巳だって怒ったフリはするけど、笑っておしまい。
他の人との距離感も全然違う。
ハルは二言目には「神田さん、神田さん」と言って、卓巳にじゃれつく。
でも、ハルの恋は届かない。
卓巳は男には全く興味が無くて、実際彼女がいる。
お嬢様学校のミスなんとかで、巨乳の超かわいい子。スタイルも抜群らしい。
だからって俺は喜べない。
卓巳に向けるハルの笑顔を見ると、いじらしくて胸が痛くなる。
俺に出来ることは、せめてハルと卓巳の邪魔をしないこと。
そう決めた。
でも高2でハルとクラスが同じになって、五人が揃って今まで以上にみんなの仲が良くなると、俺は自分の『好き』に負けそうになった。
だからなるべく司くんにひっついた。
司くんが風紀委員に推薦されて、風紀委員よりマシとまた図書委員に立候補したから、俺もまた一緒に図書委員になった。
だけど、我慢に我慢を重ねた恋心は一瞬で決壊した。
ある日、ハルが学校の側の河原に行こうと俺を誘った。
俺はみんなも来ると思っていたから、簡単にOKした。
けれど、待ち合わせの河原に着いたらハルしか居なかった。
俺が固まっていると、ハルが「座って」と言ってギターケースからギターを取り出した。
並んで座ると、ハルが俺の目の前にピックを差し出した。
「これ、誕生日に莉緒ちゃんが俺にくれたやつ。
莉緒ちゃんにアレンジ相談してた曲、やっと出来たんだ。
聴いてくれる?」
ハルがギターを弾き、小さな声で歌い出す。
初めてハルのギターを聴いた日のように夕陽がハルを照らしている。
河原には、そよ風が吹いて、草野球をしている声が遠くに聴こえる。
全てがまるで映画のように完璧で。
曲が終わり、ハルが照れ臭そうに「どう?」と言った。
俺は言葉が出なかった。
「莉緒ちゃん?」
俺の瞳から涙が一粒零れて落ちた。
「ハル…俺、ハルが好きだよ」
もう、今日しか、今しか、告白なんて出来無いと思った。
ハルは目を大きく見開くと、信じられないという顔をした。
俺は振られるって分かってたから、ただ黙っていた。
するとハルが「どういう意味?」と冷たく言った。
意味?意味って…?
「俺が好き、ねえ…」
ハルがギターをケースに仕舞う。
「じゃあ、莉緒ちゃん」
ハルは俺の顔を覗き込むと言った。
「セックスしよっか?」
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