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【17】クソガキの愛
桜庭の誕生日から二日経って、桜庭と大島が図書委員の当番の日、桜庭は図書室でカウンター周りに誰もいないことを確認すると、大島にネックレスの画像を見せた。
「綺麗なネックレスだな~。
これがどうかしたのか?」
大島の質問に桜庭は焦れたように答えた。
「『お助けマン』が誕生日プレゼントにくれたんだ。
綺麗なだけじゃないんだよ?
値段が10万円近くするんだ」
「ふーん。
『お助けマン』は金持ちなんだな」
「司くん!
真面目に考えてよ!
俺達、高校生だよ?
いくら誕生日プレゼントだからって、こんな高価な物…」
「『お助けマン』はやりたくてやってんだから、莉緒くんが悩むことねえよ」
「な、悩むっていうよりさあ…」
桜庭は顔を赤くして言った。
「『お助けマン』ってもしかして俺のこと…本当にす、好きとか?
じゃなかったら…ここまでしてくれるかなって思って…」
大島はぷっと吹き出すと、あははと爆笑し出した。
「莉緒くん、今更何言ってんだよ。
『お助けマン』が莉緒くんを好きなのは分かり切ってるだろー。
いやだねえ、鈍感くんは」
「司くん!」
「あ、俺部活に顔出さなきゃいけなかった。
ちょっと行ってくる」
「いいけど…ネックレスのことは誰にも秘密だよ!」
「はいはい」
大島はクスクス笑いながら図書室を出て行った。
大島は図書室から真っ直ぐ自分の教室に向かった。
音を立てないようにドアを開けると、誰もいない教室で桜庭の机の前に一人の生徒が立っていた。
「よう、『お助けマン』。今日の差し入れは何だ?」
瀬名は振り向かない。
「莉緒くんが秘密だって画像見せてくれたよ、誕生日のネックレス。
スゲー感動してたぞ」
「……」
大島は桜庭の机の上に、小さなハンドクリームを置いた。
「これは俺から『お助けマン』に差し入れだ。
わざわざ朝コンビニで買っといたんだから使えよ。
お前、手がガサガサで傷まであるじゃねえか。
一体どんなバイトしてたんだか…。
莉緒くんはお前のかわいい手も好きなんだよ。
そんなんじゃ『お助けマン』だってバレるぞ」
瀬名はハッとしたように両手を握った。
「なあ、ハル。
莉緒くんが『お助けマン』は自分のことが本当に好きなんじゃないかって言ってた。
お前はそれでいいのか?
莉緒くんは『お助けマン』が好きになるかもしんねえぞ?」
「…それでいいんです」
瀬名は微笑んで言った。
「莉緒ちゃんの興味が『お助けマン』に向かえば、俺のことを考える時間が減っていく。
俺のことを少しずつ忘れて…いつかただの友達になる…」
「ハル…」
「それに莉緒ちゃんは、正体も分からない『お助けマン』なんて好きになりませんよ。
俺もそのあたりは気をつけてるんで」
「その割りには高いプレゼントしたな~」
大島は笑って瀬名の顔を覗き込んだ。
瀬名の瞳に薄っすら涙が浮かんでいて、大島はビックリした。
「ハル…お前…」
「未練、ですかね」
瀬名はそっと桜庭の机に触れた。
「俺のことを忘れても『お助けマン』を忘れないでいて欲しい。
なぜなら『お助けマン』は俺だから。
莉緒ちゃんがあのネックレスを見て『お助けマン』のことを思い出してくれれば、俺のことを思い出してくれるのと同じだから。
…女々しいですよね」
瀬名の瞳が涙でキラキラ光る。
「でも莉緒ちゃんが幸せになる邪魔だけは『お助けマン』はしませんよ。
莉緒ちゃんが『お助けマン』を好きになりそうなら、『お助けマン』は消えます」
「ハル…お前本当にそれでいいのか?
そしたら莉緒くんはお前の全部を忘れることなるんだぞ」
「ネックレスがあります」
「でも…それだってただの…思い出の一部だろ?
こんなことしてくれた人がいたな、で終わっちまうかもしんねえぞ?」
「それで十分です」
「ハル!」
大島が瀬名の両肩を揺さぶる。
「ねえ、大島さん」
「何だよ…」
「俺達は親に金を出して貰って学校に行かせて貰って何不自由無く生活して…。
世間の苦労なんて何も知らないクソガキで…」
「それでいいだろ。
俺達まだ高校生なんだから」
「そんなクソガキでも…本当に人を好きになって…愛してるって言ったら笑われますかね?」
「ハル…お前そんなに莉緒くんのことが…」
瀬名はふふっと笑うと通学バッグを持った。
「なんてね、冗談ですよ。じゃあ」
瀬名の背中に大島が言う。
「笑わねえよ!
それに、お前は莉緒くんを見くびってるよ!」
瀬名が顔だけ、振り返る。
「大島さん…?」
「今に分かる日が必ず来る」
瀬名は何も言わずまた前を向くと、教室を出て行った。
翌日、登校して来た桜庭の机の上にはコンビニの袋の中にホカロンが入っていた。
『今日の移動教室は寒いから使って下さい』
桜庭は妙に角ばった文字を白い指先でそっとなぞる。
「莉緒くん、今日の『お助けマン』の差し入れは何だ~?」
大島がコンビニの袋を覗く。
「あ、ホカロンだ。俺にも一個くれよ」
「ダ~メ!俺が全部使うの」
「何だよ、莉緒くんのケチ」
「俺、ケチだもん」
桜庭がニコニコと笑う。
大島は前の席の瀬名を見る。
瀬名は神田と話ながら、桜庭をチラリと見てやさしく微笑むと、直ぐに目を逸らした。
それからも桜庭と『お助けマン』の交流は細々と続いた。
2月に入ってから桜庭はずっと悩んでいることがあった。
それはバレンタインデー。
瀬名にチョコレートを渡したい。
けれど自分の誕生日の時の瀬名の態度を思い出すと、瀬名にだけ特別なチョコレートをプレゼントするのは嫌がられるかな、と思ったりする。
それと『お助けマン』にも渡したかった。
『お助けマン』ならきっとチョコレートをプレゼントしてくれるだろうから、クリスマスの時のように交換出来るだろうと期待していた。
バレンタインデーが近くなると、学校中がソワソワしだす。
男子校でも勿論好きな人や、普段口も利けないような憧れの人、それにファンだという人達にもチョコレートを渡す。
それに他校の女子学生が、校門で待ち伏せして意中の人に渡すのも定番だ。
特に5人は学校のアイドル的存在なので、チョコレートの量は物凄い。
「あー面倒くせえなあ…毎年毎年」
大島が弁当をつつきながらため息を吐く。
「おーちゃん、モテるもんね!
今年は紙袋忘れないでね!」
大島は去年、紙袋を用意していなくて大量のチョコレートを持ち帰る羽目になり、散々な目に遭ったのだ。
「神田ちゃんだってチョーモテるじゃん。
対策考えてんの?」
「それがさぁ…」
神田と水元が視線を交わして頷き合う。
「俺達、バレンタインデーの日、部活なんだよね。
部活の終了時間なんてうちの学校の生徒なら誰でも知ってるじゃん?
他の学校の女の子も探りを入れてるみたいでさ…逃げられそうもないよ~」
「体育館の前と校門で待ち伏せでしょうな」
瀬名がアッサリと言う。
「ハル~!
ハルだって毎年チョコレート貰いまくってるじゃん!
何か良い方法無い?」
「体育館は無理でも校門くらいなら…」
「なになに!?」
「佐原先輩に聞いたんですけど、裏門がリニューアルされたらしいですよ。
正門と同じく警備員も置いてるって。
他校の生徒ならまず正門で待つんじゃないですか?
その方が確率高いし」
「成る程ね~!
よし、帰りは裏門にしよっ!」
「でもさあ、女の子はまだマシだよな。
俺は男の方が面倒臭いよ。
異様な熱気で…」
水元が頬杖をつきながら言う。
「そうなんだよな~。
桐生くらい強いと、いくら人気があっても、一睨みで済むのになあ」
大島も頭の後ろに手を組みながら言った。
「あーD組の桐生くんね!
おーちゃん、知り合いなの?」
「中学が一緒でさ。
中学の時はラグビーやってて、高校入ったら格闘技に目覚めちゃって…今三つくらい習ってるよ。
それでスゲー強いの」
「俺も知ってる!
それに超イケメンだよね!
俺、近くで見た時ビビったもん」
「俺も知ってる。
有名人だよな。
でも、卓巳、ビビることないだろー」
水元がゲラゲラ笑う。
桜庭も桐生のことは知っていた。
名前は桐生駿一。
運動神経抜群なのに、部活に入らず格闘技に夢中で強い。
その上、成績も上位だ。
だが、桜庭とは今までの学校生活で全然接点が無かったので、喋ったことおろか、挨拶したことも無かった。
それより桜庭の頭の中は、瀬名と『お助けマン』のことで一杯だった。
結局、桜庭は友チョコということにして、瀬名にも大島と神田と水元と同じチョコレートを買った。
瀬名に嫌がられたり、冷たい態度はどうしても取られたく無かった。
その代わり、『お助けマン』には誰もが知っている高級チョコレートを予約して買った。
デパ地下で瀬名達のチョコレートを買って、予約したチョコレートを受け取ると胸が弾んだ。
カードも用意して、『お助けマンさんへ。いつもありがとう。良かったら食べてください』と書いた。
そうしてバレンタインデーがやって来た。
桜庭達5人はチョコレートを渡される対応で朝から大忙しだった。
5人は昼休みまでに予め用意しておいた紙袋一杯のチョコレートに、ため息を吐いた。
そして昼食を終えると、桜庭は大島達に友チョコを渡した。
大島と神田と瀬名は友チョコを用意していなかった。
大島と神田に関しては、気付きもしなかった様子で、大島はいつものふにゃっとした笑顔で「ごめんな。ありがとう」と言った。
神田も「ごめんね~!でも超嬉しい!ありがとう、莉緒ちゃん!」といそいそと紙袋ではなく通学バッグに仕舞っていた。
瀬名は「すみません。ありがとうございます」とだけ言って、桜庭と目も合わせてくれなかった。
それでも直ぐに通学バッグに仕舞ってくれて、不機嫌な様子も無くて、それだけでも桜庭は嬉しかった。
その後に、「俺からも友チョコ」と水元が言って、同じような光景が繰り返され、皆で笑った。
放課後になり、桜庭は教室で一人課題をやりながら、クラスメートが全員帰って行くのを待った。
『お助けマン』へのチョコレートを誰にも見られないようにする為だ。
その間にも桜庭にチョコレートを渡しに来る生徒は後を断たなかった。
桜庭は笑顔で対応し、クラスメートがいなくなるのをひたすら待った。
そしてやっと最後のクラスメートが帰って行き、桜庭はホッと息を吐くと、通学バッグから『お助けマン』宛のチョコレートとカードを出すと、机の上にそれらを置いて教室を後にした。
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