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【18】本当のバレンタイン
そして、靴を履いて昇降口を出て校門を見てみると、女の子の群れが見えた。
桜庭は瀬名の助言通り、裏門に向かった。
裏門には2~3人の女の子がいるだけで、目当ても桜庭では無いらしく、桜庭はスムーズに学校から出ることが出来た。
それでも大量のチョコレートが入った紙袋を持って歩いていると、「桜庭くん」と男の声がした。
目の前に桜庭と同じ制服を着て、同じ学年のバッチを着けた5人の男子生徒が立っていた。
「これ、バレンタインのチョコレート。
貰ってくれる?」
5人が一斉にチョコレートを差し出す。
桜庭は「ありがとう」と言って、笑顔で受け取った。
その内の一人が、180センチ以上はある一際大きな体格の男子生徒を指差した。
「こいつね、1年の時から本気で桜庭くんが好きなの。
付き合ってやってくんないかなあ」
そう言われても桜庭にとっては初対面同然で、付き合うも何も無い。
それに桜庭は瀬名が好きだから、付き合う気も更々無かった。
「悪いけど、俺、君達のこと知らないし…ごめん」
桜庭はなるべく角が立たないように返事をした。
「じゃあこれから知り合えばいいじゃん。
カラオケでも行かない?」
一人が桜庭の細い腕を強く掴む。
チョコレートが入った紙袋が落ちて、チョコレートが地面に散らばった。
「離せよ!」
桜庭が思わず怒鳴ると、全員がニヤニヤ笑い出した。
「怒った顔もチョーかわいいなぁ。
泣かせたくなっちゃう。
ほら、行こうぜ」
5人が桜庭を取り囲むと桜庭を引き摺るように歩き出す。
「嫌だ!離せ!」
桜庭は必死に抵抗したが、相手は5人で体格も桜庭より良い奴ばかりで、桜庭はもがくことしか出来ない。
「ほら!歩けって言ってんだよ!」
一人の男子生徒が桜庭を突き飛ばして怒鳴ったその時、「莉緒ちゃん!」という聞き慣れた声が桜庭の耳に届いた。
ハル…!?
桜庭が何とか振り向こうとした時、人影が桜庭の横に立った…と思った瞬間、バキッバキッと殴るような音が連続して桜庭は思わず瞳を見開いた。
だが暗がりで良く見えない。
ハルは喧嘩慣れなんてしていない…
ハルが殴られてる…!
「ハル…!」
桜庭が叫んだ瞬間、「大丈夫か?」という声がして肩を抱かれた。
目の前に5人の生徒が倒れている。
「ハル…?」
桜庭は自分の肩を抱く人を見た。
それはD組の桐生だった。
「怪我は無い?」
やさしく訊かれて、桐生が助けてくれたんだと桜庭は悟った。
「だ、大丈夫です」
「そう。良かった」
ニコッと笑う桐生に、倒れている生徒達が吠える。
「桐生、テメェよくもやりやがったな!」
桐生は静かに「じゃあ場所変えて本気でやるか?」と言った。
「クソッ!」
5人は一斉に立ち上がると、桜庭達に背を向けて走り去った。
「あーあ。チョコレートがバラバラだ」
呆然と立ち尽くす桜庭を尻目に、桐生は何事も無かったかのように、道路に散らばったチョコレートを拾っては紙袋に入れていく。
桜庭はハッとして「自分でやりますから!」と言ってしゃがんだ。
「もう終わったよ。はい」
桐生が桜庭を支えて立たせると、紙袋を渡してくれた。
「ありがとうございます!
あの、さっきも助けてくれて!」
桜庭が頭を下げると、「大したことじゃ無いよ。それよりさ…」と桐生は心配そうに言った。
「ああいう奴らはしつこいから。
家まで送るよ」
桜庭は慌てて顔を上げた。
「そんなご迷惑かけられません!
一人で帰ります!」
だが桐生は真剣な顔をして続けた。
「俺が居なくなるのを見張ってるかもしれない。
家まで送れば、俺と親しいんだと勘違いして、もう手を出そうなんて思わないかもしれないし」
「でも…」
「いいから、送らせてよ。
確かA組の桜庭くんだっけ?
俺はD組の桐生」
「はい…でも、あの…」
「駅どこ?」
「…△△駅です」
「じゃあ俺んちの駅の何個か手前だ。
丁度良いな」
「…本当にいいんですか?」
「いいよ。俺も帰るところだし。
ほら、行こう」
「はい…ありがとうございます」
桜庭がまたペコリと頭を下げると、桐生は「もういいから」と言って笑った。
桐生と桜庭は共通の友人の大島の話で盛り上がった。
桐生は桜庭を助けたことも、家まで送ることも、特別なことをしているつもりは無いらしく、余りに普通で桜庭は逆に恐縮してしまい、桐生に何度も「そんなに気にしないで」と言われて最後には笑われた。
桜庭は気になっていたことを訊いた。
あの時、確かに「莉緒ちゃん!」と瀬名の声が聞こえたから。
「桐生くんが俺を助けてくれた時、他にも生徒がいませんでしたか?
瀬名くんっていうんですけど…」
桐生は少し考えると答えた。
「瀬名くん…桜庭くんと同じクラスの子だよね?
見なかったなぁ…。
俺が気付かないだけだったかもしれないけど」
「…そうですか」
余りに怖かったから、ハルの声が聞こえたような気がしたのかな…
やっぱり俺はハルが好きなんだ…
「その瀬名くんがどうかしたの?」
「いいえ、何でもありません」
桜庭はにっこり笑って答えた。
その日の放課後、瀬名は桜庭が教室から出て行くのを待っていた。
もしかしたら『お助けマン』にチョコレートを用意しているかもしれないと思ったからだ。
瀬名の予想通り、昼休みに桜庭が配った友チョコよりもはるかに高価なチョコとカードが、桜庭の机の上にあった。
瀬名はカードの余白に桜庭へのメッセージを書くと、カードとチョコレートを桜庭の机の中に入れた。
そうして裏門から学校を出た。
学校から100メートルくらい離れた歩道で、5~6人の生徒が固まっているのが見えた。
瀬名はバレンタインデーだからなあ…チョコレートを渡してるんだろうな、くらいしか考えて無かった。
その時、「嫌だ!離せ!」と怒鳴り声が聞こえた。
瀬名が聞き間違える筈も無い、桜庭の声だった。
瀬名は走りながら「莉緒ちゃん!」と叫んだ。
次の瞬間、誰かに追い抜かれた。
その人物は桜庭の元に駆け寄ると、一瞬で桜庭を囲んでいた生徒達を倒した。
桜庭を取り囲んでいた生徒達が何か怒鳴りながら、去っていく。
瀬名は心底ホッとした。
そして桜庭達に気付かれないように、そっと近付いた。
桜庭の隣りにはD組の桐生がいて、桜庭はお礼を言って頭を下げていた。
そんな桜庭に桐生が微笑む。
そして二人は歩き出して、学校の最寄り駅へと向かって行った。
瀬名は力が抜けて縁石に座り込んだ。
何が『お助けマン』だ…
莉緒ちゃんの本当の危機に助けられないなんて…
瀬名は自分が滑稽で、思わず乾いた笑いが出た。
そしてカードにあのメッセージを書いて正解だと思った。
桜庭は翌日弾んだ気分で登校した。
『お助けマン』がチョコレートを受け取って、もしかしたら自分にもチョコレートを置いて行ってくれたかもしれないと思ったからだ。
だが机の中を見て桜庭は凍り付いた。
桜庭が用意したチョコレートとカードが入っていた。
それ以外は何も無い。
桜庭は震える手でカードを開いた。
桜庭のメッセージの余白に書かれている妙に角張った文字。
『こういうことはしないで下さい。
誤解させたとしたら謝ります。
俺はただクラスメートとしてあなたの役に立ちたいだけです。
あなたが誤解しているのなら、もうやめます』
バレンタインデーにチョコレートなんか渡すんじゃ無かった…
『もうやめます』
嫌だ…嫌だよ…『お助けマン』…
桜庭はチョコレートの箱を掴んだ。
そして教室の後ろではなくて、前方にあるゴミ箱へと向かった。
『お助けマン』が見ていてくれますように…
こんなチョコレートに意味が無いと思ってくれますように…
桜庭はそう思いながら、わざと大きな音を立てて箱を潰してゴミ箱に投げ入れ、中身のチョコレートをバラバラとゴミ箱に捨てた。
教室が静まり返る。
桜庭は一身にクラスメートの視線を浴びながら、さっさと自分の席に戻ると、授業の準備を始めた。
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