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【19】一生片想い
その日のクラスメート達は桜庭を腫れ物扱いしていた。
桜庭に話し掛ける生徒も殆どいなかった。
それでも大島達だけは普通に接していた。
昼休みになると、神田が「莉緒ちゃん、何であんなことしたの~?」と訊いてきた。
神田の直球の質問に、水元だけは慌てて「卓巳、空気読めよ!」と言ったが、大島と瀬名は別段気にしている様子も無い。
桜庭は笑って答えた。
「俺の勘違いでさ、あんなチョコレート必要無かったんだよ」
「あんなチョコレートって…誰かからの貰い物?
不気味だったとか?
でもそれならこっそり捨てれば良かったじゃん?
何もみんなの前で…」
「神田ちゃん。
それが莉緒くんの男前なところなんだよ。
こんなにかわいくて綺麗な癖に、中身はバリバリ男なの」
大島が普段全くしないかしこまった顔で言うと、神田と水元は大笑いした。
「そっか~男前莉緒ちゃんな訳ね」
「まあ、莉緒くんってそういう一面もあるよね」
「そう。
貰って迷惑なチョコレートなんて捨てるしかないだろ?」
桜庭はちょっとおどけたように言った。
桜庭は放課後、帰り支度を済ますと、一人屋上にいた。
『お助けマン』に書かれていたカードを何度も読み返す。
涙が溢れて止まらなくて、カードが濡れないように顔から離して持っていた。
桜庭の手には『お助けマン』からプレゼントされた手袋。首にはマフラー。
「さむ…」
マフラーに顔の半分まで埋める。
マフラーが涙で濡れる。
『お助けマン』には会えなかったが、幸せだったクリスマスを思い出す。
そして誕生日プレゼントのネックレス。
『お助けマン』があんまりやさしいから、俺は勘違いしてたんだ…
『お助けマン』はきっと誰にでもやさしい人で、相手はハルだと知らなくても、俺が失恋したのを何かで知ったのかもしれない…
そう言えば『お助けマン』が現れたのは、ハルに別れを告げられてからだっけ…
桜庭がぼんやりと考えながら北風に吹かれていると、スマホがラインの着信を知らせた。
画面を見ると大島からで『今、どこ?腹減った』と一言。
『屋上』桜庭も一言返す。
『風邪引くぞ。
美術部の準備室に来いよ。
肉まん買っとくから』
桜庭はウサギのOKマークのスタンプを押すと、ハンカチで顔をゴシゴシ拭いて準備室に向かった。
準備室に入って来た桜庭の顔を見るなり、大島は爆笑した。
「莉緒くん、泣いた赤鬼みたいだぞ」
「う、うるさいよ!
司くんこそ、準備室なんて勝手に使っていいのかよ?」
「俺は美術部のホープだも~ん」
大島はそう言うと、お湯の蛇口を捻ってタオルを濡らしすと硬く絞った。
「ほら、顔拭けよ」
「ん…」
桜庭がタオルで顔を拭くと、大島がヌルッとした何かを桜庭の顔に塗ったくった。
「何!?何すんの、司くん!」
「俺の愛用のハンドクリーム。
結構、絵を描くのって手が荒れんだよ。
あ、でも全身用だから心配すんな」
「全身用って…」
桜庭が不信な顔をすると、大島が肉まんを差し出した。
「ほら、あったかいうちに食えよ」
「…ありがと」
桜庭が一口肉まんに口を付けると大島が言った。
「あの朝捨てたチョコ、『お助けマン』用だったんだろ?
受け取って貰えなかったのか?」
桜庭はコクンと頷くと答えた。
「カードに書いてあった…。
こういうことはしないで下さいって…。
誤解させたとしたら謝るからって…。
ただのクラスメートとして俺の役に立ちたいだけだって…。
お、俺が、ご…誤解しているのなら、もうやめる…って…」
桜庭の瞳から涙が零れる。
「莉緒くん…」
大島が桜庭の頭をポンポンと軽く叩く。
「俺が言っただろ?
『お助けマン』は自分がやりたくてやってるんだ。
勿論、莉緒くんが嫌なら断れば『お助けマン』は止める。
でも莉緒くんが嫌じゃなかったら、受け入れるだけでいいんだ。
莉緒くんが『お助けマン』の為に何かしてくれることを、『お助けマン』は望んで無いんだよ。
莉緒くんがただ喜んでれば、『お助けマン』はそれで満足なんだ。友達として」
「友達…」
「そう。俺達の六人目の友達だと思えばいい。
ちょっと変わった友達が増えたんだ。
面白いじゃねえか。
莉緒くんが喜ぶのが大好きな友達」
「でも…俺、してもらってばかりで…。
高価なプレゼントまで貰って…」
「あれは『お助けマン』もやり過ぎだったな」
大島がふにゃっと笑う。
「でも『お助けマン』は変人野郎なんだから、仕方無いって思ってやれ!
今回のことで分かっただろ?
莉緒くんは『お助けマン』がやることに、ありがとう、嬉しいって伝えるだけで良いんだよ」
「うん…うん…」
桜庭は真っ赤になってクリームでテカテカの顔に涙を流しながら、肉まんを頬張る。
大島はそんな桜庭を愛おしそうに見つめた。
瀬名が軽音部の部室でギターを弾き終わると、部長の佐原がパチパチと手を叩いた。
「瀬名、今日絶好調じゃ~ん!
何か良いことでもあったのか?」
瀬名はギターをスタンドに立て掛けると言った。
「ありましたよ」
「何?何?」
佐原が瀬名に寄って来る。
「俺の好きな人がね、俺の気持ち分かってくれたんです」
「え!?じゃあ両想い!?」
「違います。
一生片想いです」
「何でそれが良いことなんだよ~不毛じゃん!」
「不毛も良いもんですよ」
にっこり笑う瀬名に佐原は首を捻った。
それ以来桜庭は『お助けマン』がやってくれることに、お礼のメモを残すだけにした。
『お助けマン』はそれでも、細々と桜庭に役立ちそうなことを続けてくれていた。
それと桜庭は廊下で桐生と会ったりすると、挨拶するようになった。
桐生はいつも笑顔で応えてくれた。
だがお互い話しをしたりするようなことは無かった。
それでも桐生と桜庭が挨拶し合うのを不思議に思った大島達に理由を訊かれて、桜庭はバレンタインデーの日の話をした。
みんな口々に桜庭が無事で良かったと言って、桐生を凄いと誉めたが、大島が最後に「でもあいつはあんなルックスでも不思議ちゃんなんだからな!」と言って四人を爆笑させた。
それから3学期が終わるのは早かった。
期末テストにホワイトデー。
桜庭と水元は、大島と神田と瀬名達から三人分まとめてクッキーの詰め合わせを貰った。
その頃には桜庭と瀬名は二人きりで話し込んだりすることは無かったが、自然に挨拶程度の言葉は交わせるようになった。
桜庭はそれだけでも嬉しかった。
先輩達の卒業式も終わり、春休みになると、神田と水元の部活の休みに合わせて五人は遊びに行ったりした。
桜庭は瀬名と話せなくても、一緒に同じ空間に居て、一緒に笑い合えるだけで、物凄く楽しくて嬉しかった。
出掛けた夜は、みんなで撮った写メを何度も見て、瀬名の部分だけ切り取って加工して一人で照れた。
そうして春休みが過ぎて新学期になった。
クラス替えが発表されて、桜庭は愕然とした。
みんなバラバラのクラスに別れていた。
桜庭はA組。
神田はB組で、大島と瀬名はC組、水元はD組だった。
「え~!こんなのやだよ~!」
最初に声を上げたのは神田だった。
「仕方ねえよ、神田ちゃん。
それでもこれまで通り、仲良くしようぜ」
大島がポンポンと神田の背中を叩く。
「神田さんの人見知りフォローはしてあげますから」
「ハル~!」
桜庭は言葉も出なかった。
今ですら親しいとも言えなくなってしまった瀬名と、クラスが違ったら、どうなってしまうんだろう…。
大島が桜庭を見て励ますように頷く。
桜庭も何とか頷き返す。
瀬名を見る。
瀬名は神田と水元と話していて、桜庭を見てもいなかった。
それから、五人はそれぞれのクラスへ向かった。
桜庭はA組に殆ど知り合いがいなくて、窓際で外を見ていた。
桜の花びらが風に舞っていて、悲しいほど綺麗だった。
その時ふと『お助けマン』も違うクラスになったのだろうかと思った。
すると、ガラッと教室のドアが開く音がした。
「全員揃ってるな?
担任の松坂だ。
取り敢えず適当に座れ」
松坂の声にみんなそれぞれ席に着く。
桜庭は窓際から一番近かった席に座った。
すると隣りの席にさっと誰かが座った。
「よっ!今日から同じクラスだな」
突然話しかけられてビックリして隣りを見ると、そこには桐生がいた。
「桐生くん…」
桐生はニコニコ笑って「よろしく」と言った。
結局、担任の松坂が「席は好きなようにしろ」と言ったので、仲の良さそうな者達でかたまり出した。
桜庭は特に親しい人も居なかったので、そのままでいると、桐生も移動しなかった。
その代わり、桜庭と桐生の前に二人の生徒がやって来た。
「桐生~今年もよろしくな」
「また…お前達かよ…」
桐生がふうっと息を吐く。
そして桜庭に向かって「コイツが綾野保で、こっちが谷川吾朗」と言った。
「綾野、谷川、隣りは…」
桐生の言葉を綾野が遮る。
「桜庭くんだろ?知らねーヤツの方が少ねーよ」と言って笑う。
「俺達三人腐れ縁なの。
三年間ずーっと一緒でさあ~」
谷川も笑って言うと、桐生が桜庭に「そんな訳だから、コイツらもまとめてよろしくな」と言った。
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