【22】ギター

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【22】ギター

桜庭は勿論、翌日から学校を休んだ。 学校では各クラスの担任から、A組の桜庭莉緒が同学年の生徒に暴行を受けたこと。 警察に通報したこと。 その暴行した生徒は停学処分で自宅待機、いつまでと日にちは決まっていないことが発表された。 桐生が助けたことや、鈴木の氏名は出なかった。 それでも一気に学校中に噂は広まった。 桐生が血塗れの桜庭を保健室に運んだことも、堂山の車にも運んだことも、大勢の生徒達が目撃していたからだ。 それに鈴木も高瀬に支えられながら、生徒指導室に連れて行かれた様子を目撃した生徒も沢山いる。 桐生は休み時間になる度、自分のクラスは勿論、他のクラスの生徒にも囲まれて話を訊かれたが、一切何も話さなかった。 桐生が話さないことで、また周りがヒートアップする。 それに桐生が格闘技の大会に出ることは、クラスメートや、桐生が少しでも親しい生徒なら皆知っていた。 大会を欠場してまで、桜庭を助けた。 それほど桐生は桜庭を大切にしている。 桐生は桜庭のことが好きなんじゃないか…。 いやもう二人は付き合っているんじゃないか…。 その噂も校内を駆け抜けるのに1日もかからなかった。 その日、桜庭が昼食を食べていると、次々にラインが届いた。 大島達からのグループからは『学校で説明があったよ!莉緒ちゃん怪我は大丈夫!?』という神田のトークを筆頭に、『莉緒くん、大丈夫か?お見舞いに行けるようになったら連絡してくれ』と大島。 『莉緒くん、絶対無理しないで、安静にしててね』と水元。 そして最後に。 『莉緒ちゃん、怪我はどの程度ですか?差し支えが無かったら詳しく教えて下さい。お大事に』と瀬名からのトーク。 瀬名のトークが桜庭は物凄く嬉しかった。 瀬名が自分の怪我の状態を詳しく知ろうとしてくれている…。 怪我をした友達を心配してくれているだけと分かっていても、桜庭は胸が高鳴った。 桜庭は『みんな心配かけてごめん。怪我は打撲と口の中を切っただけだから。お見舞いはまだ少し待って。大丈夫になったら知らせるよ。メッセージありがとう』とトークした。 それから、桐生と綾野と谷川とのグループからのトークも届いた。 桐生は『今日行くから、待ってて。それと授業は心配しなくていいよ』。 綾野は『身体に気をつけて。桐生に何でも頼れよ!』。 谷川は『莉緒くんの怪我が早く治りますように!桐生にお見舞いの品渡しとくから楽しみにしてて!』。 桜庭の胸がじんわり暖かくなる。 『みんなありがとう。駿くん、待ってるね。保くんの言う通りにしようかな笑。吾朗くん、楽しみにしてる!』とトークした。 桜庭は昨日のことを考えるとまだ身体が震えるほど怖かったし、怪我も痛くて辛い。 それでもみんなからのトークを見て、少し心が明るくなった。 桜庭がトークをしたことで、ラインのグループトークが再開されて、桜庭宛で無くても皆のやり取りを見ているだけでも桜庭は楽しかった。 夕方になると、桐生が一人で桜庭の家にやって来た。 桜庭はベッドから起きようとしたが、桐生が「そのままでいいから」と桜庭をベッドに寝かせた。 桐生はオアシスに飾られた花束を「これなら水を変える手間がかからないって花屋さんに言われたから」と照れ臭そうに言って、桜庭のベッドサイドに置いてくれた。 「それに莉緒、口の中、切れてるだろ? 食い物は無理だろうから…」 「…うん。ありがとう駿くん!」 「それとこれ。綾野と谷川から」 桐生がラッピングされた少し大きめの袋を紙袋から出すと「開けるよ?」と言った。 桜庭が「お願い」と返すと、桐生が袋の中から出したのは、抱き枕とビーズクッションだった。 「何だ~?」 桐生も中身を知らなかったらしく、不思議そうな顔をしている。 桜庭はさっそくラインの桐生達のグループに、『保くん、吾朗くん、お見舞いありがとう』とトークした。 直ぐに、綾野からは『ビーズクッションを枕替わりにしてみて。頬っぺた痛いだろ?』とトークが着て、谷川は『抱っこして寝れば寂しくないよ~ん。イライラしたら桐生だと思って殴っちゃえ!』とトークが着た。 桜庭が谷川のトークに思わず笑うと、桐生が「なに?なに?」と訊いてきたので、桜庭がスマホを見せると桐生が「何で俺なんだよ!」とむくれたので桜庭はまた笑った。 そんな桜庭を桐生が嬉しそうに見る。 「笑えたな」 「みんなのおかげだよ」 桜庭は気になっていたことを訊いた。 「学校で説明があったって卓巳からラインがあったんだけど…どんな説明だった?」 桐生は桜庭の髪をそっと撫でた。 「心配すんな。 暴行されたってだけ。 多分みんな莉緒が暴力を振るわれただけだと思ってる。 俺は一言も何も話して無いから。 ただ莉緒の顔が血塗れだっただろ? それを綾野と谷川が凄く心配してて…だから二人にだけは顔を殴られたんだとだけ話した。 でもあの二人は絶対誰にも話さないよ」 「…うん」 桜庭がホッと息を吐く。 「あと…」 「ん?」 「駿くんは何であの時、電話してくれたの?」 桐生は桜庭の髪から手を離すと、また照れ臭そうな顔して自分の頭を掻いた。 「莉緒のピアノのレッスンが7時からだって言ってただろ?」 「うん?」 「だから…試合を見に来て貰えなくても、メシだけでも一緒に食いたいなあって思ってて…。 でも俺の都合に合わせて貰うことになるから、レッスン前に引っ張り回すような真似、迷惑かなって思って中々言い出せなくて。 それで放課後ちょっと綾野と谷川に言ったら、『そのくらい何だよ。誘っちゃえよ』って簡単に言われて。 それで莉緒がまだ帰った様子が無かったし、時間も早い方が良いと思って直電したんだ」 「そうだったんだ…」 桜庭が興味深そうに頷く。 桐生が続ける。 「そしたらあの電話だろ? ただ事じゃ無いって思った。 もし、莉緒が何かされているなら、いくら第二体育倉庫でも相手は扉を開けっ放しになんてしてないとも思った。 だから高瀬先生を探して鍵を借りようとしたら、先生も一緒に行くって言ってくれたんだ」 「駿くん…駿くんのおかげで俺は助かったんだね…」 桜庭の瞳に涙が浮かぶ。 「そんなこと言うなよ。 あの電話を聞いたら、誰だって莉緒を助けたさ」 「違う…駿くんが冷静な判断をして…駿くんがあいつをやっつけてくれたから…」 「莉緒の姿を見たら頭に血が上ってやり過ぎちゃったけどな」 桐生は桜庭の湿布を貼った腫れた頬にそっと触れた。 「高瀬先生が止めてくれなかったら、寝技であいつを落として腕の一本くらい折ってたかもしれない…」 「駿くん…」 「俺は後悔してるよ、莉緒をもっと早く助けられなかったこと」 「そんなこと無い…!」 桜庭が首を左右に振る。 「俺も一応関係者だから、莉緒を助けた経緯を先生に訊かれたし、どうして莉緒があいつの呼び出しに応じたかも聞いたんだ。 俺を餌にされたんだろ?」 「それは…」 「俺が下手に迷って莉緒を誘わなかったから、莉緒はあいつに会うことになった。 俺が綾野や谷川の言うように、メシくらい素直に誘ってればこんなことにならなかったんだ…」 「駿くんのせいじゃない! 俺が馬鹿だったんだ! あんなメール信じて」 桜庭はベッドから何とか上半身を起こし手を伸ばすと、桐生の肩を両手で掴んだ。 「莉緒…莉緒は俺の身体を心配してくれたから…あんなメールでも信じた…そうだろ?」 「…そう、だけど…やっぱり…」 桐生が桜庭の両手を自分の肩から外す。 「駿くん…?」 桐生が桜庭をやさしく抱きしめる。 「莉緒…ありがとう、ごめんな」 「お礼を言うのは俺の方だよ…。 それに、駿くんが謝ることなんて無いんだから」 それから桜庭は慌てたように続けた。 「俺、まだちゃんと駿くんにお礼言って無かったね。 助けてくれてありがとう」 「莉緒…」 桜庭が桐生の腕の中で赤くなっていると、桐生がふふっと笑った。 「授業のことは心配すんな。 ノートの内容をパソコンにメールするよ。 それと、何かして欲しいことある?」 して欲しいこと… ハル… ハルに会いたい… その時、枕元に置いてあったスマホが桜庭の目に入った。 「お、大島くん達に会いたいかな。 でももう少ししたらお見舞いに来てって言ってあるし…」 「そっか。 じゃあ明日俺が大島にだめ押ししといてやるよ」 「うん。それと…出来れば…大島くんと同じクラスの瀬名くんのギター…録音頼めないかな?」 「ギター?」 「う、うん。俺、ギターの演奏聴くのも好きで…せ…瀬名くん…ギター凄く巧いから」 「ふうん。莉緒はギターも好きなんだ? いいよ、明日頼んでみるよ」 「ありがとう、駿くん!」 桜庭がぎゅっと桐生に抱きつく。 「なんかホントに抱き枕になった気分」と言って、桐生が笑った。 翌日の昼休み、桐生は速攻で食事を終えるとC組に向かった。 「大島!」 突然現れた桐生に大島がふにゃっと笑う。 「珍しいヤツが来たな~」 「珍しいって何だよ。 あのさ、昨日莉緒の見舞いに行ったんだよ」 瀬名の箸が止まる。 「それで大島達に早く会いたいって言ってたんだ」 「…そうか。莉緒くんの具合どう?」 「元気そうに振る舞ってるけど、まだ身体も辛そうだし、見てて痛々しいよな、やっぱり」 「そうなんだ…。 桐生、ありがとな」 「何が?」 「莉緒くんを助けてくれたこと」 「その件に関してはノーコメント!」 桐生は悪戯っぽく笑うと、瀬名の方に向いた。 「君、瀬名くんだよね?」 「…はい」 「俺、莉緒と同じクラスの桐生っていうんだ。 よろしく」 「ハルだって、お前のこと、もー知ってるよ!」 大島が爆笑しながら言う。 「うるせーな!礼儀だよ、礼儀! お前は黙ってろ!」 桐生はちょっと顔を赤くして大島を睨むと、また瀬名に向かう。 「莉緒がギターの演奏が聴きたいらしいんだ。 それで瀬名くんが凄く演奏が巧いから録音して欲しいって。 瀬名くんの都合に合わせるから、なるべく早く録音させてくれない?」 「…お断りします」 「え?」 「俺のギターなんて、大したもんじゃ無いですよ」 「でも莉緒は瀬名くんのギターが聴きたいんだよ。 一曲だけでもいいから…」 「だから、お断りします」 「お前なあ…!」 桐生が瀬名に詰め寄る。 「莉緒は傷ついてんだよ! その莉緒がお前のギターを聴きたいって言ってんだよ! お前、莉緒の友達だろ!? 一曲ギター弾くくらい、何でしてやれないんだよ!?」 「弾きたく無いんです」 瀬名は席を立つと教室を出て行こうとする。 「瀬名!待てよ!」 引き止めようとする桐生の肩を大島が掴む。 「桐生、俺からも言ってみるから。 莉緒くんには上手く誤魔化しといてくんない?」 「…分かった」 桐生は不承不承に頷いた。
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