【24】本当に助けるということ

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【24】本当に助けるということ

綾野と谷川は「莉緒くんが疲れると悪いから」と、1時間半程で帰ると言った。 桐生は「まだ少し莉緒と話があるから」と残った。 綾野と谷川は気にする様子も無く、「じゃあ、莉緒くんまたな~」と帰って行った。 綾野と谷川が帰って部屋で二人きりになると、桐生はすっぽりと桜庭を腕に包んだ。 「頑張ったな」 「…別に、楽しかったし…」 「でも綾野と谷川のお見舞いの品の話の時、ちょっと事件を思い出したよな? それなのに、莉緒はちゃんとお礼を言えた…」 桐生が微笑む。 「駿くん…」 「エライエライ」 桐生が子供にするように、桜庭の頭の天辺をくるくると撫でる。 「もう!また子供扱いしてる!」 桜庭は桐生を突き飛ばそうとするが、桐生はびくともしない。 「ふふっ…かわいいなあ…」 「なっ…」 逆に桐生にぎゅーっと抱きしめられて、桜庭がカーッと赤くなる。 「駿くん!苦しい!」 「これだけ元気があればいいかな?」 「なに!?」 「なあ、大島達に会ってみないか?」 「え…」 桐生は桜庭を抱きしめたまま、静かに言う。 「大島に相談されてさ。 莉緒にお見舞いに行きたいって言ってみても上手くはぐらかされちゃうって…。 出来れば莉緒が学校に来る前に一度、みんなで会いたいって。 どう?」 「は、はぐらかすなんて…俺は別に…」 「莉緒が嫌なら無理は言わない。 でも相手は大島達だよ? 会えばきっと楽しいと思うな~」 「……」 大島達… 司くん、卓巳、明、そしてハル… 事件の直後はあんなにハルに会いたかった。 ただ会いたくて、会いたくて、身体が震えた でも 今は、怖い きっと今の俺は、ハルのちょっとした言動でも傷付く みんなも、そうだ 駿くん… 俺、分かってるんだ 保くんと吾朗くんに事前に駿くんが細かく俺の状態を話してくれたこと だから、二人とはスムーズに会えたこと でも、みんなは? ハルは? 傷付くのは、もう嫌だ… せめて今は そして、俺の態度でみんなを傷付けるのも嫌なんだ… 今日、保くんと吾朗くんに会ってハッキリ分かったんだ 俺の心は、これ以上傷付くのを、恐れてる 黙ってしまった桜庭の後頭部を桐生がゆっくりと撫でる。 「大島は良い奴だよ。 莉緒が一番分かってるだろ? 他の奴らは俺はよく知らないけど、あの大島の友達で莉緒の友達なんだ。 良い奴ばっかりだと思う」 「うん…」 「莉緒が心配してるようなことは何も起こらないよ」 「駿くん…」 桜庭が桐生の肩に凭れ掛かると、桐生が続けた。 「俺は一緒に居てやれないけど」 桜庭は思わず顔を上げて、桐生を見た。 桐生は困ったように笑っている。 「だってそうだろ? 大島達は五人で会いたいんだ。 俺は邪魔だよ」 「しゅ…しゅんくん…」 桐生がクスッと笑う。 「何て顔してんだよ! 相手は大島! 心配無いって!」 「わ、分かってる…でも…」 桐生がひょいっと桜庭を抱き上げる。 「少しでも無理だなって思ったら、帰ってもらえばいい。 『具合が悪いから』って一言言えば済む。 その後、俺が必要なら電話して。 直ぐに駆け付けるから」 「駿くん…」 「だーいじょうぶ! 楽しいだけだよ」 にっこり笑う桐生に桜庭は頷いた。 それから一日空けて、桜庭は大島達と会うことにした。 桜庭は朝からもの凄くドキドキして、食事も喉を通らなかった。 玄関で出迎える勇気が出なくて、母親にちょっと具合が悪くて横になるから、大島くん達を自室まで案内してと頼んでベッドに潜り込んだ。 大島達は、午後、時間通りにやって来た。 トントンと階段を上がってくる複数の足音に、桜庭の心臓がバクバクする。 ノックの後、「莉緒ちゃん、大島くん達が来てくれたわよ」と母親の声がして、桜庭は何とか「入ってもらって…」と答えた。 ドアが開く。 大島達が雪崩のように桜庭の部屋に飛び込んで来る。 大島、神田、水元、瀬名の順でベッドを取り囲まれる。 大島がふにゃっと笑う。 以前と変わらぬ笑顔で。 「莉緒くん…会いたかったよ」 大島はそう言うと、桜庭の肩にそっと手を置いた。 「ごめん…遅くなって…」 「でも!こうしてまた会えたんだから! 俺、安心したよ!」 神田が黒目がちの瞳を潤ませながら言う。 そんな神田を庇うように、水元が神田の肩を抱きケーキの箱を桜庭に見せた。 「柔らか~いムース買ってきたから。 莉緒くんが食べられそうなら、みんなで食べよう」 桜庭は小さく頷いた。 最後に瀬名が。 三人を押し退けて、桜庭の枕元に跪いた。 三人も桜庭も驚いて何も言えない。 瀬名は桜庭の掛け布団から出ていた手をぎゅっと握った。 「ハル…?」 「…莉緒ちゃん」 瀬名の瞳には溢れんばかりの涙が浮かんでいる。 「会いたかった…」 瀬名の瞳から涙が零れて落ちる。 神田と水元がぎょっとして一歩後ろに下がった。 「会いたくて…会いたくて…」 瀬名はそれ以上言えず、桜庭の手を握ったまま咽び泣いている。 桜庭もビックリしていた。 こんな風に瀬名に感情をぶつけられるのは、別れて以来だったから。 「し、心配したんだ…」 「ハル…」 『会いたくて』 それこそ、どんなに自分が思ったことだろう ギターも弾いてくれなかったハル… でもハルも俺に会いたいって思ってくれてたんだ… 心配まで、してくれて… 普段クールなハルがこんなに泣いてくれるほど… ただの友達としても 嬉しい… それだけでも、凄く嬉しいよ 「ハル、ありがと。 心配かけてごめん。 俺も…会いたかったよ…」 瀬名が桜庭の言葉に顔を上げる。 瀬名の涙で霞んだ目に、『お助けマン』のプレゼントしたネックレスが、桜庭の首筋に光って見えた。 それから瀬名が泣き止むと、桜庭はベッドから起き上がった。 四人は口々に無理しないでと言ったが、桜庭は「みんなの顔見たら元気が出たから!」と笑顔で答えた。 五人でお土産のムースを食べる。 それは口に入れると淡雪のように消えて、桜庭の口の中の傷にも影響が無いばかりか、凄く美味しくて桜庭は「美味い、美味い」を繰り返す。 そんな桜庭を四人が微笑ましく見守っていると、神田がふいに言った。 「莉緒ちゃん、明後日から学校でしょ? 頬っぺたガーゼして来れば?」 水元も頷いた。 「莉緒くん、色が白いからさ、その痣ちょっと目立つよな。 俺も賛成」 桜庭は思わずスプーンを落とした。 バッシン。 バッシン。 叩かれた音が耳に蘇る。 そして、痛みも。 「莉緒くんが怪我してるのはみんな知ってるんだから、ガーゼくらい気にする奴いねえよ~」 大島もやさしく言う。 怪我… 確かに自分でそう言ったけど そう言うしかなかったから だけど そんな生易しいもんじゃない… あの痛み あの恐怖 桜庭の頭の中に、ぐるぐるとあの場面がフラッシュバックする。 落ち着け… 落ち着け… みんな悪気があって言ってるんじゃない 俺の為を思って… でも 桜庭は無意識にスマホを握った。 「莉緒ちゃん…?」 それまで黙っていた瀬名の呼び掛けも耳に入らない。 着信履歴にあった番号にリダイアルする。 相手はワンコールで出た。 『莉緒?』 「しゅんくん…っ」 『直ぐ行く』 それだけ言うと、電話は切れた。 「莉緒ちゃん?『しゅんくん』って桐生くん? 急にどうしたの?」 神田が驚いたように身を乗り出す。 「ぐ、具合が…」 桜庭は必死に一昨日桐生に言われた言葉を思い出す。 「具合が…悪くて…」 動いたのは大島だった。 「じゃあ寝な。 俺達は帰るから」 素早く桜庭を支えてベッドへ促す。 「つ、司くん…ごめ…」 「何で謝るんだよ。 明、テーブル片付けろ。 莉緒くん、またな。 明後日、学校で待ってるから」 「う、うん…」 「よし、帰るぞ。みんな」 大島の声に三人が一斉に立ち上がる。 「じゃあな、莉緒くん」 三人に喋る隙を与えず、大島は桜庭にふにゃと笑うと、三人を部屋から押し出した。 「莉緒ちゃん、急にどうしちゃったんだろう?」 桜庭の家から最寄り駅に向かう途中、神田が呟いた。 「分かんねえけど…地雷踏んじゃったみたいだな、俺達」 大島がふうっと息を吐きながら言う。 その時、桐生が前方から走って来るのが見えた。 「随分早いな、あいつ」 大島が苦笑する。 「大島!」 桐生が大島達の前で止まる。 「莉緒は!?どうしてる!?」 「ベッドで寝てるよ」 「そう…」 桐生がホッと息を吐く。 「お前、早いな~」 大島が感心したように言うと、桐生は照れ臭そうに頭を掻いた。 「莉緒が心配でさ…。 駅前のファーストフードに居たんだ」 「そっか」 「あ!別にお前達を信用してないとかじゃないから!」 「分かってるよ」 大島はバンバンと桐生の腕を叩いた。 「早く行ってやれよ」 「あ、うん。じゃあな!」 桐生が走り去って行く。 その後ろ姿を見ながら、瀬名がポツンと言った。 「俺達じゃ地雷を踏んでも助けにならないんですね…」 「ハル…」 大島が瀬名の肩を抱く。 「見ただろ?あのネックレス。 それにハルの気持ちは届いたよ」 「でも」 瀬名は自分の靴先を見ながら言った。 「本当に助けられなきゃ意味無い…」 桐生は桜庭の母親に案内された桜庭の部屋の前で呼吸を整えると、落ち着いた様子で桜庭の部屋に入った。 「しゅん…くんっ…」 桜庭がベッドから飛び出す。 「どうしたんだよ~?」 桐生はニコニコ笑って桜庭を受け止める。 「俺の顔の痣が…ガーゼが…叩かれて…あいつが…あいつが…」 「莉緒…大丈夫」 桐生が桜庭をぎゅっと抱きしめる。 「莉緒を抱いてるの誰?」 「駿くん…」 「さっきまで一緒にいたのは?」 「司くんと卓巳と明と…ハル…」 「だよな。怖い奴なんている?」 「い、いない…でも…」 「でも、どうした? 莉緒の周りには味方しかいないよ」 「うん…うん…」 桜庭が桐生の胸に顔を埋める。 「学校に行っても俺も綾野も谷川もいる。 莉緒を一人には絶対しない。 莉緒が傷付くことはもう無いんだ」 桜庭はハッと顔を上げた。 「傷付くことは…もう…無い?」 「そうだよ。 なんたって俺は莉緒の『お助けマン』なんだろ? 何からも守るし、助けるよ」 「駿くん…!」 桜庭がまた桐生にしがみつく。 桜庭の首筋のネックレスが揺れる。 桐生に助けられた日から、ずっとしていたネックレス。 もう肌に馴染んだそれよりも、桐生の腕の力を桜庭は強く感じた。
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