【25】片想いは二人同時に

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【25】片想いは二人同時に

桐生は桜庭の母親に「この後桐生くんさえ良かったら」と強く勧められて、桜庭と夕食を共にした。 桜庭は「柔らかい物なら殆ど食べられるようになったんだ」と嬉しそうに桐生に言った。 桐生は桜庭の両親と妹と弟に囲まれながら、桜庭とは別メニューを食べた。 「桐生くん、莉緒を助けて貰った上に、莉緒が迷惑かけて悪いね」 桜庭の父親に改めてそう言われて、桐生は照れながら「友達だったら当然ですから」と答えた。 桜庭の妹が「桐生さんって超強いんですよね?お兄ちゃんに技かけたことありますか?」と言い出して、皆で爆笑した。 「莉緒…桜庭くんにそんなことしないよ」 桐生はにこやかに言うと、桜庭と目を合わせて笑い合う。 「僕は桜庭くんを守る立場だから」 「かっこいー! 今度、格闘技見せて下さい!」 「女の子が見てもつまんないと思うけど…」 苦笑する桐生に、桜庭が「真奈、うるさい!」と妹に文句を言う。 「だってこんな超イケメンで強いんだよ? 勉強だって出来るんでしょ? お兄ちゃんはこんな人が傍にいてくれて何とも思わないの?」 「それは…」 真っ赤になる桜庭に、桐生がテーブルの下で桜庭の手をそっと握る。 「俺の方が羨ましいな。 こんなにかわいくて綺麗で、勉強だってトップクラスのお兄さんがいるんだから」 桐生が微笑んで言うと、妹が「それが問題なんですー」とブーッと膨れて、また皆で笑った。 桐生は夕食が終わると「長居するのはご迷惑ですから」と言って帰って行った。 桜庭は朝もシャワーを浴びたので、軽くシャワーを浴びるとベッドに入った。 シャワーを浴びた後の脱衣所の鏡に映った自分の姿。 頬は濃い紫に変色していて、何度も殴られた腹部はそれ以上に酷い。 スマホがラインの着信を告げる。 画面を見ると、桐生と綾野と谷川と桜庭のグループラインで、『今日、莉緒の家で夕飯御馳走になっちゃった~』と桐生のトークから始まって、綾野や谷川が『ずりぃぞ、お前!』『何抜け駆けしてんだ!』と桐生を散々責めている。 桐生は勝ち誇ったようにウサギがドヤ顔でダブルピースをしているスタンプを押していた。 桜庭は笑って、『保くんも、吾朗くんも今度一緒に食べようよ』とトークした。 綾野と谷川は喜んで、最後に『じゃ、桐生は抜きで』とトークして、桐生の怒りを買っていて桜庭はまた笑った。 桜庭はおやすみとトークすると、ラインを閉じた。 瞼を伏せて今日一日を振り返ってみる。 お見舞いに来てくれた大島達。 ハルは号泣までしてくれた… 『会いたくて…会いたくて』 ハルも俺と同じ気持ちでいてくれたんだと、本当に嬉しかった それなのに、俺はみんなの前で駿くんを呼んだんだ… みんな変に思っただろうな… でも、駿くんが来てくれなかったら、俺は耐えなれなかった 司くん達に、酷いことを言ってたかもしれない ハル… あの時、ハルだけは何も言わないでいてくれた ハル… 泣いてくれて、ありがとう 会いたかったって言ってくれて、ありがとう 俺を気遣ってくれて、ありがとう ハルは暴行された俺をどう思ってる? 同情? それでもいいんだ… あんな目に遭ってもハルが好きだよ ハル…ハルは俺と一緒にいた、たった数ヶ月の出来事なんかもうとっくにふっ切って、ただの友達としか見てくれて無いって分かってる でも片想いするくらい、いいだろ? ハルに迷惑は掛けないよ 遠くで、想ってるくらい許して欲しい ハルには何も望まないから… 瀬名は桜庭があの日落とした手袋をラッピングしようとして考え込んでいた。 あの日は4月の終わり。 こんな冬物の手袋を、なぜ桜庭は通学バッグに入れていたんだろう? 瀬名は思い切ってメモに書いた。 妙に角ばった字で。 『手袋を拾ったので届けます。 あなたはどうして今頃手袋を持って学校に来ているんですか?』 莉緒ちゃん… ネックレスをしてくれていた… 『お助けマン』が莉緒ちゃんに少しでも役に立っているといい 莉緒ちゃんの顔を見たら我慢出来なくて、泣いてしまった 莉緒ちゃんは喜んでくれてたけど、特別意識はしてないようで良かった… でも、俺は桐生くんみたく莉緒ちゃんの役には立てない それを今日、痛感した 莉緒ちゃん… それでも莉緒ちゃんが好きだよ こんな情けない俺だけど、好きでいさせて 片想いでいいんだ 莉緒ちゃんが幸せなら、いいんだ… そしてゴールデンウィークが終わり、桜庭が登校する日がやって来た。 桐生が桜庭の家の最寄り駅で待ち合わせをしてくれて、一緒に学校に行った。 通学路を歩く生徒の中にはあからさまに桜庭を振り返って見たり、ヒソヒソ話す生徒もいる。 桐生は桜庭の肩を抱いて「気にすんな」と笑った。 桜庭も「気にしてないから」と笑い返した。 本当は嫌だ。 怖い。 でも桐生がいてくれる。 自分が傷付くことはもう無いと断言してくれた桐生が。 靴箱を開けて、小さなラッピングされた袋とメモを見て、桜庭は思わず「あっ」と声が出た。 急いでメモを見る。 その後、慌てていつも手袋を入れている通学バッグの外側のファスナーを開けた。 確かに手袋はひとつしか入っていない。 余裕が無くて、手袋を確認するところまで、気が回らなかった。 そしてネックレスをしたままだと気付いた。 あれからずっとしていたネックレス…。 もう違和感も無い。 桜庭は素早く袋を開けた。 黄色地に赤いチェック。 確かに無くした手袋の片方。 『お助けマン』… 「莉緒、どうした?」 桐生が心配そうに桜庭の手元を覗く。 「『お助けマン』が現れたんだ!」 「へー。で、『お助けマン』って一体何者なんだよ?」 「話して無かったっけ?」 「聞いてません! 俺も『お助けマン』なんだから教えろよー」 「そうだね。駿くんも『お助けマン』だもんね」 桜庭がクスクス笑う。 「じゃあ昼休みに話すよ」 「昼休み~?」 不満気な桐生が桜庭をぎゅっと抱き寄せる。 「駿くん、『お助けマン』は我が儘言わないんだよ」 桜庭がまた笑う。 桐生も笑って「はいはい」と言いながら教室へ向かう。 そんな二人の後ろ姿を、瀬名は呆然と見ていた。 「桐生くんも『お助けマン』…?」 桜庭が緊張しながら教室に入ると、クラスメート達はごくごく普通に「おはよう」と挨拶してくるだけで、桜庭は拍子抜けした。 HRでも担任の松坂も特に桜庭について何も言わなかった。 授業も桐生がメールしてくれていたおかげで、不自由しなかった。 ただ一歩教室を出ると、不躾な視線を感じることも多かった。 でも桜庭の隣りには必ず桐生がいて、直接何かを言ってくるような生徒はいなかった。 昼休みになって弁当を食べていると、桜庭が「みんな普通で逆にビックリした」とホッとして言うと、谷川が笑い出した。 「だってさ~桐生のヤツ、クラス全員脅すんだもん」 「脅す?」 桐生はバツの悪そうな顔をしてソッポを向いている。 綾野も笑って言った。 「そう。 莉緒くんが登校して来て、怪我のことや暴行されたこと、一言でも言ったヤツは俺がぶっ潰すって。 普通に接しないヤツも同罪だって。 ぶっ潰すだよ? 潰すでいいじゃんね~?」 「しかも教卓殴りながら。 ヘコんだよ、絶対」 「しゅ…駿くん…」 桜庭が桐生の制服のジャケットの袖ををくいくいと引っ張る。 桐生は耳まで赤くしながら言った。 「い、いいんだよ! 俺は本気だし! それより『お助けマン』って何?」 「『お助けマン』?」 綾野と谷川の声が揃う。 「『お助けマン』はね…」 桜庭はネックレスをプレゼントされたことは伏せて、2年の時から桜庭を影ながら助けてくれる存在がいることをエピソードを交えて話した。 綾野が腕を組んで、うーんと考える。 「ボサボサ頭に黒縁メガネにマスクね~。 そんなヤツこの学年にいたか?」 「いる訳無いじゃん」 谷川が自信満々に言う。 「でも『お助けマン』はいるよ?」 桜庭が不思議に思って谷川を見ると、谷川はにっこり笑った。
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