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【26】もう二度と
「そいつ、変装してんだよ」
「あっ…!」
桜庭は思いもよらない谷川の答えに思わず声を上げた。
綾野は「そっか!そうだよな~」と頷いているが、桐生は難しい顔をしていた。
「でもさあ、莉緒くんのクラスメートとして役に立ちたいだけなんだろ?
それなのに変装までするって…ちょっと怖くねえ?
しかもクラスが変わっても続けてるなんて…」
綾野が声を潜めて言うと、谷川も「『お助けマン』を信じてる莉緒くんには悪いけど、怖いし、不気味だよな」と言った。
最後に桐生が口を開いた。
「今朝、『お助けマン』はなんて言ってきたの?」
「クリスマスプレゼントに『お助けマン』に貰った手袋の片方を、学校の何処かで落としたらしいんだ。
それを届けてくれた」
「ほら~」
綾野と谷川が顔を見合わせる。
「学校って言ってもスゲー広いじゃん!
『お助けマン』は莉緒くんが落としたところを見たんだよ!
つまり莉緒くんの後をつけてたってこと!
言い方悪いけどストーカーってやつ?」
「でも…!『お助けマン』は良い人だよ!?」
桜庭は綾野に必死に言った。
すると桐生がポンと桜庭の頭に手を乗せた。
「莉緒、今日帰り時間ある?
俺、今日練習なんだ。
莉緒が疲れてなかったら、帰り腹ごしらえに付き合ってくれない?」
「…うん。いいけど」
それから桐生はおもむろに机からノートを出した。
「なに?」
「見てみて」
桜庭がノートを開く。
そこにはカラフルに彩られたページが広がっていた。
桜庭はプッと吹き出すと笑ってしまった。
「すごい…」
綾野と谷川も笑う。
「だろ?だろ?
桐生~いつまで続けんだよ、女子高生!」
「莉緒が復帰したから終わり!」
桐生が宣言すると、谷川がもったいねーと言ってゲラゲラ笑って、桐生に頭をグーパンされて皆で笑った。
放課後、桜庭は桐生と二人で、桐生のお気に入りのカフェに向かった。
カフェと言ってもチェーン店でセルフサービス、その上桜庭達高校生でも気軽に来られる雰囲気と値段だ。
でも食べ物が凄く充実している。
桜庭は登校初日で、家で夕食を取らないと不味いので、飲み物だけを注文した。
桐生はゆっくり食べながら、桜庭に「『お助けマン』がクリスマスプレゼントくれたって昼休み言ってたけど、また机の上か靴箱に入ってたの?」と訊いた。
桜庭は、自分が先に手袋を机の上に置いてプレゼントを渡したこと、クリスマスイブにどうしても見たいイルミネーションがあって一人で観に行ったら、人づてに桜庭がプレゼントした手袋と同じ柄の手袋とマフラーのプレゼントを渡されたことを話した。
「その場所に行くことを誰かに言った?」
桜庭は首を横に振った。
「言って無い」
桐生は黙々と食事を終えると、「危ないな、そいつ」と言った。
桜庭はショックだった。
桐生なら『お助けマン』を理解してくれる、悪く言う筈無いと、心のどこかで信じていたから。
桜庭はネクタイを外した。
シャツの釦も上から3つ外す。
「莉緒…?」
桐生が訝しげに桜庭を見る。
桜庭はシャツの襟を開けて、桐生にネックレスを見せた。
「これ『お助けマン』が誕生日にプレゼントしてくれたんだ。
値段は10万円近くするし、ヘッドの意味はLOVEだって。
だから俺ももしかしたら『お助けマン』は俺のこと好きなのかなって思った。
でもバレンタインデーにチョコを突き返された。
こういうことはしないでくれって。
誤解させたとしたら謝るって。
ただのクラスメートとして俺の役に立ちたいだけって…」
桜庭は少し寂しそうにネックレスに触れた。
「俺が誤解しているのなら、もうやめますってハッキリ返事されたんだ…」
「莉緒…」
「俺ね、駿くんだから言うけど、『お助けマン』が現れ出した少し前に失恋したんだ。
だから『お助けマン』は何かでそれを知ったんじゃないかなって思ってる。
それで俺を励ます為に『お助けマン』になってくれたんじゃないかな」
桐生がふうっと息を吐く。
「ただのクラスメートは『お助けマン』になんてならないよ」
「え…」
「莉緒は失恋したタイミングでそいつが現れたから、感情移入してるんだ。
ノートを代わりに取ってくれたら?
俺なら堂々と渡すけどな。
ただのクラスメートなら普通だろ?
差し入れだって、机の上に置きっぱなしにされた食べ物を食べるなんて…莉緒は無防備過ぎるよ。
クリスマスプレゼントもそう。
莉緒が一人で出掛けた先までわざわざ後をつけて渡さなくたっていいだろ?
家に訪ねて行ったっていい。
それでもただのクラスメートなら、俺はやり過ぎだと思うけど」
「…それは」
「それとそのネックレス。
10万だよ?
すごい大金だ。
ウチの学校はアルバイトは禁止されてる。
子供の頃からの貯金でもあったのかもしれないけど、ただのクラスメートにそんな高価なプレゼントなんて…自分は特別ですってアピールしてるようなもんだよ。
それでいて莉緒からのチョコは受け取らない。
莉緒は『お助けマン』に益々興味を持つ。
莉緒にとって『お助けマン』がどんどん特別な存在になる。
莉緒だっておかしいと思ってることがある筈なんだ。
だけど無意識に目を逸らしてる。
『お助けマン』は莉緒の心に上手く入り込んだって訳だ」
「駿くん…そんな言い方…」
「他人から見ればそう見えるっていう話」
桐生がニコッと笑う。
「俺は莉緒に二度と傷付いて欲しくない」
「うん…」
「今のところ『お助けマン』は実害は無いみたいだけど、今はクラスも違うんだろ?
もうクラスメートでも何でも無い。
ただのクラスメートとして役に立ちたいって言い訳は通用しない。
それにクラスが変わっても、『お助けマン』は莉緒が必要とすることが分かってる。
莉緒のことを調べて、後をつけて、手袋を拾って…普通じゃないよ。
危険じゃないって言える?」
「でも…でも…『お助けマン』は悪い人じゃないんだ!
『お助けマン』は俺が喜ぶだけで満足なんだ、友達として…司くんがそう言ってた」
「大島が?」
「うん。司くんには『お助けマン』がしてくれたこと、全部話してあるから。
ネックレスのことも司くんしか知らない。
…失恋したことも知ってる」
「そっか…」
桐生が桜庭の髪をそっと撫でた。
「キツいこと言ってごめん。
でもこれからは『お助けマン』にされたこと、俺にも話してくれる?」
「別に隠すことじゃ無いし…良いけど」
「俺も莉緒の『お助けマン』として頑張らなきゃなー。
金は無いけど」
桜庭はクスクス笑った。
「駿くんはもう十分『お助けマン』だよ。
お金なんて関係無い」
「そうか?」
桐生が桜庭に顔を近付けて、おでことおでこをゴチンと合わせた。
「いった~!駿くん何すんの!?」
「莉緒があんまり危機感無いから、気合い注入!」
「もう!口で言えば分かるってば!」
桜庭が桐生の肩をポカポカ叩いて、結局目が合うと、お互いプッと吹き出して笑い合った。
桜庭は帰宅すると、『お助けマン』のメモを開いた。
『手袋を拾ったので届けます。
あなたはどうして今頃手袋を持って学校に来ているんですか?』
桜庭はメモだけは大島にも見せたことは無い。
桐生にも見せる気は無かった。
このメモは『お助けマン』からの手紙。
人に見せるようなものじゃないと思ったからだ。
桜庭は恥ずかしかったが、正直に返事を書いた。
『手袋を拾ってくれてありがとう!
本当に感謝しています。
手袋を持って来ているのは、アクセサリーは校則で禁止されているので、ネックレスは着けられないからです。
せめて手袋だけでもいつも持っていたいんです』
駿くんの言ってることはきっと正しい…
でもハルとまた来ようって約束したツリーの前で一人きりでいた時、手袋とマフラーが届いて本当に嬉しかったんだ
誕生日プレゼントも…ハルが無関心で悲しくて、そんな時、あのネックレスがプレゼントされて…あの時も本当に嬉しくて…
『お助けマン』…
誰に何を言われても、『お助けマン』が悪い人だなんて思えない
俺は信じてるから…
翌日の放課後、瀬名は桜庭と桐生が一緒に帰るのを確認すると、心臓をバクバクいわせながら、桜庭の靴箱を開けた。
上履きの上の小さなメモ。
『お助けマン』さんへ。
瀬名はメモを素早く取り出すと、誰もいない踊り場に行って座り込んだ。
メモを読む。
瀬名は力が抜けた。
莉緒ちゃんはネックレスもあの手袋も身近に置いておきたいんだ…
嬉しくて、一人微笑んだ。
莉緒ちゃんは俺が『お助けマン』だと分かっていなくても、ちゃんと俺の思いは届いてる
桐生くんをなぜ『お助けマン』と呼んでいたのか分からないけど、俺は俺で『お助けマン』を続ければいい…
もう俺は桐生くんみたく、莉緒ちゃんの隣りに立つことは無いだろう
桐生くんと楽しそうに笑い合う莉緒ちゃん
莉緒ちゃんを守って助けられる桐生くん
それでいいんだ
でも
悲しいね
切ないね
もう二度とやさしくしてあげれないのなら、精一杯やさしくすれば良かった
もう二度と一緒に笑い合えないのなら、どんなことをしても笑顔でいられるようにすれば良かった
でも俺には『お助けマン』がある…
莉緒ちゃんの喜ぶ顔を見られるだけでいいんだ…
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