【32】今夜だけは

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【32】今夜だけは

浴室に入ると、「まず中のもの掻き出しちゃうから。壁に手を付いて」と桐生に言われて、桜庭は頷くと壁に手を付いて尻を突き出した。 桐生は立ったまま、櫻井の蕾の中に二本の指を這わせ、白い背中にチュッチュッとキスを落とす。 桜庭が少しでも反応を示した場所は、きつく吸われチクッとした痛みが走る。 桜庭はきっと跡に残ってるだろうな…と思いながらも「ああっ…」と声を上げてしまう。 蕾の中の指が前立腺を掠めながら、奥から手前へと往復する。 桜庭は腰を揺らして「しゅんくん…っ…だめ…」と訴えた。 桐生が背中を一層きつく吸うと、前立腺を強く擦った。 「アアッ」 桜庭の背中がしなる。 桐生が中で指をぐっと広げる。 白濁がトロトロと蕾から太股へと伝っていく。 「ぁ、あ…」 桐生が桜庭の後ろからシャワーを掛ける。 温かい湯に桜庭はホッと息を吐く。 自然と瞳に涙が滲んだ。 だが、尻の間に硬い雄を押し当てられて、身体がビクッと震えた。 「莉緒…なあ、もう一回…」 桐生が桜庭の耳元で囁く。 「俺、もう無理…」 「大丈夫。莉緒も感じてる…」 桐生が緩く勃ち上がった桜庭自身を軽く扱く。 「それは…中を触られたから…も、出ない…」 桜庭は涙声で言った。 桐生はそんな桜庭をあやすように、首筋にキスしながら言う。 「平気。俺がちゃんと最後まで面倒みるから」 「しゅんくん…っ…」 「いくよ」 ズブッと奥まで貫かれて、桜庭は「いやぁっ」と身を捩る。 浴室に皮膚がぶつかり合う音が響く。 激しく揺さぶられて、桜庭は必死に壁にすがった。 「莉緒…そんなに締めんな」 そんなことを言われても、桜庭にはどうしていいか分からない。 「ああんっ、しゅ、く…しゅん…くん…」 ただ桐生の名前を譫言のように呼ぶだけ。 その内、喘ぐことしか出来なくなった。 「ぁ…ああ…う、あ…」 それは突然にきた。 桜庭の背中をゾクゾクと快感が駆け上がる。 「イっちゃっ…イっちゃう…!」 桜庭の内壁がうねって桐生の雄に絡み付く。 「く…莉緒…」 「アアッ、だめぇっ…!」 桜庭は少量の水のような液体を放った。 桜庭が達した刺激で蕾の中がぎゅうっと締まる。 桐生が素早く蕾から自身を引き抜く。 桜庭の背中に熱い白濁を掛けられた時、桜庭は気を失った。 桜庭が目覚めるとベッドの中だった。 額に冷たいタオルが乗せられていた。 桐生がベッドの脇に座って、心配そうに桜庭の顔を覗き込んでいる。 「しゅんくん…?」 「莉緒、大丈夫か? 水、飲む?」 桜庭がコクリと頷くと、桐生が水を口に含んで桜庭に口移しで飲ませる。 冷たい水が喉に染み渡る。 桜庭が少し笑うと、桐生が嬉しそうに「美味いか?もっと飲む?」と言って、桜庭がまた頷くと、桐生は再び二度口移しで水を飲ませた。 「莉緒、ごめんな」 桐生が桜庭の額からタオルを取ると、桜庭の髪をそっと撫でる。 「莉緒は無理って言ったのに…まさか失神すると思わなかったんだ。 莉緒とセックス出来るんだと思ったら、俺、舞い上がっちゃって…加減が分かんなくなっちゃって…」 桜庭はそう言えば、セックスの最中に桐生が何度も『ごめん』と言っていたのを思い出し、微笑んだ。 「気にしてないから」 桜庭が桐生の頬に手を伸ばす。 「莉緒…」 桐生がその手を掴む。 「愛してるよ、莉緒…」 桐生にやさしく抱きしめられながら、桜庭は浴室では一度も無かったが、ベッドで瀬名に気を失うまで抱かれた日々を思った。 執拗で激しいセックス。 その癖、真逆のやさしい声で『莉緒ちゃん…莉緒ちゃん…』と繰り返し呼んだ。 『脅して犯して…嫌われるだけ嫌われれば俺の作戦通り』 『なのに莉緒ちゃんは嫌がらなくて…まるで二人でいる時は恋人同士みたいで。 だから余計辛かった』 『傷付けてるのは俺なのに、莉緒ちゃんを抱くたび俺は傷付いた』 ハル… 駿くんは傷付いてないよ 俺達は本物の恋人同士で 駿くんは俺を愛してるって真っ直ぐ言えるから 俺を抱いたからって全然傷付く必要も無いんだ 逆に幸せそうだよ 傷付きながら好きな人を抱くのはどんな気持ちだった? もうハルは忘れてるだろうけど もう訊くことも出来ないけど 考えるだけ無駄なことだけど 「明日の朝、シャワーを浴び直そう。 今夜はもう寝よっか?」 桐生が照れ臭そうに笑う。 桜庭も笑って「うん」と答える。 桐生に腕枕されて、桜庭は桐生の胸に身体を預ける。 桐生が桜庭をそっと抱き寄せるとリモコンで照明を消す。 桐生の規則正しい寝息が聞こえると、桜庭は暗闇の中、瞳を開けた。 何処からか差し込む僅かな光が、桐生の綺麗に整った横顔を照らしている。 駿くん…好きだよ 桜庭の瞳に涙が浮かぶ。 ハルのことなんて思い出してごめんね だけど駿くんに抱かれたら なぜだろう ハルを、ハルの気持ちを思い出したんだ。 ハルのことなんか、すっかり忘れてたのに… 初めてセックスした相手だから? 分からない 分からないけど ごめんね 今夜だけはハルを思い出させて… 桜庭は身体を起こすと、桐生の唇に唇を重ねた。 眠る桐生の頬に涙が一粒ポトリと落ちた。 翌日、桜庭はベッドから動けなかった。 朝になって辛うじて桐生に支えられてシャワーを浴びたが、後は寝たりきだった。 全身が筋肉痛のように痛くて、腰から下が抜けそうに怠い。 幸い後孔は痛く無かったが、何かが挟まっているような感じがする。 優に半年を越えている久々のセックスと、桐生の激しさに桜庭はダウンしていた。 昨夜桜庭は桐生にフェラされて1回と、後ろの刺激だけで3回達していた。 ダウンするのも当然だな、と桜庭は桐生に気付かれないように苦笑した。 そんな桜庭を桐生は楽しそうに看病していた。 ベッドまで食事を運んでくれて、ウトウトと眠っては目を覚ます桜庭の邪魔をしないように、静かに部屋で過ごしている。 桐生は午後3時になると、「ケーキは食べられる?」と桜庭に訊いてきた。 桜庭が「食べたい!」と言うと桐生は部屋にケーキとアイスコーヒーを運んできてくれた。 部屋には古い映画音楽のピアノバージョンが流れている。 ケーキを食べている途中で『ロミオとジュリエット』になった。 桐生がその曲を飛ばす。 桜庭はキョトンとして「どうしたの?」と訊いた。 桐生は「だって不吉だろ」と真面目な顔をして答える。 「何が?」 「こんな悲しい曲…莉緒と聴きたくない」 桐生の率直な言葉に桜庭の胸が熱くなる。 「曲は曲だよ。俺達には関係無い。 綺麗な曲で俺は好きだけど」 にっこり笑う桜庭の手から、桐生がケーキの皿を奪う。 「駿くん…?」 桐生は桜庭をベッドに横にすると唇を塞ぐ。 下唇を舌でなぞられて、桜庭は口を開けた。 その隙間から桐生の舌が侵入する。 桐生は躊躇うこと無く、激しく舌と舌を絡める。 桜庭も必死にそれに応える。 くちゅくちゅと音を立てながらキスしていると、桐生が唐突に唇を離した。 「ヤベ…」 「え…?」 「これ以上したらヤバいから…」 桐生がほんのり顔を赤くして口元を手で押さえている。 桜庭はそういうことか、と思った。 確かに今の桜庭は桐生とセックス出来ない。 「莉緒の唇…甘いな」 桐生がポツリと言う。 桜庭は笑って「ケーキ食べてたからね」と言った。 「違う」 桐生が桜庭の唇から零れていた唾液を舐め取る。 「ここも…」 そして首筋をペロリと舐めた。 「ここも…。 昨日から思ってたんだ。 莉緒の肌ってどこも甘いなって…」 「駿くん…」 桜庭は真っ赤になった。 桐生は愛おしそうに桜庭の前髪を上げると、「愛してるよ」と言って、桜庭の丸いおでこにキスをした。 それから、桐生と桜庭はほぼ毎日のようにデートしていた。 セックスも週に三度はしていた。 桐生は初めてのセックスで反省したのか、泊りや桜庭の家で桜庭がもう動く必要の無い場合以外は、手加減してくれるようになった。 桐生は普段は穏やかだが、内に秘めた情熱を示すようにセックスは激しい。 それに桜庭の知らないこともあった。 ひとつがフェラだ。 ある日、桐生にゴムを付ける前に「舐めてくれる?」と言われた桜庭は赤くなって下を向いた。 「やり方…分かんない…」 「え!?あ、そ、そっか…じゃあ俺の言う通りしてくれればいいから」 「…うん」 瀬名は桜庭にフェラをさせたことは一度も無かった。 大抵、雪崩れ込むように繋がっていたか、瀬名が主導で愛撫されていた。 今となっては理由は分からない。 だが、余りセックスに詳しく無い桜庭に、桐生は嬉しそうだった。 桜庭は桐生に教えられたことを、乾いたスポンジのように素直に吸収していく。 桐生も桜庭の最初の相手は自分じゃ無いと気付いていた。 けれど、それをどんどん自分が塗り替える征服感があった。 桜庭が前の相手を忘れ、自分の色に染まっていく。 愛しくて愛しくて、桐生は桜庭に溺れた。
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